牧師コラム 『いのちの水』 2020年9月6日

牧師 高橋勝義

かつてゲラルの王アビメレクは、アブラハムが妻サラを妹だと言った為に、サラを召し入れようとしました。しかし夢で神に「サラは夫がある身であり、返さなければ、あなたも、あなたに属するすべての者も、必ず死ぬ」(創世記20:7)と厳粛な警告を受けたのです。時が過ぎ、そのアビメレクが軍の長ピコルと共にアブラハムの所にやって来て「あなたが何をしても、神はあなたとともにおられます」(創世記21:22)とアブラハムに対する神の守りに驚嘆し、平和の契約を申し出たのです。アブラハムは同意したあと、アビメレクのしもべたちが奪い取った井戸のことを抗議しました。

そしてアブラハム自身がこの井戸を掘った証拠として、七匹の雌の子羊をアビメレクに渡し、二度と略奪が行われないように契約を交わしました。こうして、二人が誓ったこの場所はベエル・シェバ(七つの井戸)と呼ばれました(創世記21:31)。

荒野において井戸は貴重です。水はいのちにとって不可欠だからです。
その水について、イエス様は「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みな さい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。」(ヨハネ7:37,38)と語られました。
生ける水の川とは、キリストを信じた者に与えられる新しいいのちのことです。また、この新しいいのちが与えられたすべての人の心には聖霊なる神が内住され、その聖霊が結ぶ実(愛,喜び,平安,寛容,親切,善意,誠実,柔和,自制)が、信じる者の心の奥底から溢れ流れ出てくるのです。

牧師コラム 『主の御翼の陰に』 2020年8月30日

牧師 栗原延元

「いと高き方の隠れ場に住む者その人は全能者の陰に宿る。」で始まる詩篇91篇は、信仰者が遭遇する危険、危機の時に主の守りと救いを美しく歌っています。「主こそ狩人の罠から破滅をもたらす疫病からあなたを救い出される。主はご自分の羽であなたをおおいあなたはその翼の下に身を避ける。…あなたは恐れない。夜襲の恐怖も昼に飛び来る矢も。暗闇に忍び寄る疫病も…わざわいはあなたに降りかからず疫病もあなたの天幕に近づかない。」(3節~10節)と。この神のお約束をもといとして、宗教改革者ルターは次のように語ります。「私はまず神がお守り下さるようにと祈る。そうして後、私は消毒し、空気を入れ替え、薬を用意しそれを用いる。行く必要のない場所や人を避けて自ら感染したり他者にうつしたりしないようにする。私の不注意で他の人の死を招かないためである。」(16世紀ペストが大流行した折に)

牧師コラム 『神のあわれみ』 2020年8月23日

牧師 高橋勝義

アブラハムはイサクの乳離れの日に、盛大な宴会を催しますが、この時サラはエジプトの女奴隷ハガルの子イシュマエルが、イサクをからかっているのを見たのです。

サラは「この女奴隷とその子を追い出してください。この女奴隷の子は、私の子イサクとともに跡取りになるべきではないのですから。」(創世記21:9,10)とアブラハムに訴えます。 元をただせば、神の約束に固く立てなかったサラが女奴隷ハガルをアブラハムに与え、それを受け入れてしまったアブラハムにイシュマエルが生まれたのです(創世記16:1~3)。この時、アブラハムは八十六歳でした(創世記16:16) 。

イシュマエルもわが子であり、苦悩するアブラハムに、神は「サラがあなたに言うこ とはみな、言うとおりに聞き入れなさい。」さらに「あの女奴隷の子も、わたしは一つの国民とする。 彼も、あなたの子孫なのだから」と約束してくださいます(創世記21:13)。
その翌朝、パンと水の皮袋だけで二人は追い出され、ついに死を目前にした時、少年の声を神は聞かれました。そして、声をあげて泣いている母ハガルに神は直接語り掛け、彼女の目を開き、井戸へと導きます。そして、イシュマエルは荒野でたくましく成長していったのです。このように、たとえ、アブラハムとサラの不信仰が引き起こした問題であっても、神はアブラハムを深くあわれみ、御手を差し伸ばされたのです。

神は、どんな状況であれ、約束されたことを必ず守られる真実なお方です。
「主は情け深くあわれみ深く怒るのに遅く恵みに富んでおられます」(詩篇145:8)

牧師コラム 『約束の子イサクの誕生』 2020年8月16日

牧師 高橋勝義

神がアブラハムに「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える(創世記12:7)」と約束されてから25年、神は約束どおりに、サラを顧みられ、年老いたアブラハムに男の子を与えられました(創世記21:2)。この時、アブラハムは100歳、サラは90歳でした。

生まれた男の子は、神が言われたとおりイサク(笑う)と名づけられました。二人は高齢の自分達に子どもが生まれることなどありえないと、心の中で笑ってしまったことがありました。そして、イサクを腕に抱いたサラは「神は私に笑いを下さいました。これを聞く人もみな、私のことで笑うでしょう。(創世記21:6)」と言ったのです。

神は、この25年間、信仰がなえてしまいそうなアブラハムを事あるごとに励まし、約束は必ず成し遂げられると語り、導いてこられました。そして、「主にとって不可能なことがあるだろうか(創世記18:14)」と語られた神のことばに固く立ち、神の約束を待ち望む信仰の重要さをアブラハムに示されたのです。
「信仰が試されると忍耐が生まれます。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成熟した、完全な者となります。」(ヤコブ1:3,4)とあるように、神はアブラハムを訓練されたのです。

同じように、神はあなたを愛する故に、訓練するのです。
それは、あなたの信仰を練りきよめ、不純物を取り除くためです。
「あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを知らなければならない(申命記8:5)」

牧師コラム 『変わることのない神の約束』 2020年8月9日

牧師 高橋勝義

かつてアブラハムは、飢饉から逃れエジプトに行った時、妻サラを「私の妹」と偽りました。それから月日が流れ、ゲラルの地に寄留した時のことです。彼はまたしても妻サラを「これは私の妹です」(創世記20:2)と言ってしまいました。
この時、アブラハム99歳、サラ89歳でした。ゲラルの王アビメレクは、サラを召し入れたのですが、神が夢の中で「見よ。あなたは、自分が召し入れた女のために死ぬことになる。あの女は夫のある身だ。」(創世記20:3)と警告し、事なきを得ます。

アブラハムが「これは私の妹です」と言ったのは、「この地方には、神を恐れることが全くないので、人々が私の妻のゆえに私を殺すと思った」(創世記20:11)からでした。事実サラは異母妹なので、妹であることに間違いはありません。
しかし、今は妻です。
なぜエジプトでの教訓が、生かされなかったのか…。「人を恐れると罠にかかる(箴言29:25)」とあるように、アブラハムはその地の人々を恐れてしまったのです。

神は、「わたしが示す地へ行きなさい」とアブラハムを召した時、「あなたを祝福する」(創世記12:1,2)と約束されました。人の約束は状況の変化で簡単に破られますが、神の約束は永遠に変わることがありません。事実、アブラハムは弱さの故に同じ失敗を繰り返したにもかかわらず、ゲラルの王から守られただけでなく、贈り物まで受け取りました。

これが神の変わらぬ約束、愛なのです。「愛は人を育てる(Ⅰコリント8:1)」と、あるようにアブラハムの信仰は、この神の愛に守られ育てられたのです。

牧師コラム 『神の遠大なご計画』 2020年8月2日

牧師 高橋勝義

アブラハムのとりなしの祈りを聞かれた神のあわれみによって、ロトとロトの妻、そして二人の娘は、ソドムの町から救い出されます。しかし、ロトの妻は神の命令に聞き従わなかったために、塩の柱になってしまいました。(創世記19:26)

その後、ロトと二人の娘は、ツォアルの町に住むのを恐れ、山の上にある洞穴の中で暮らしました。(創世記19:30) 姉は、自分たちのところに来て、結婚してくれる男の人などいるはずがないのだから、父をお酒で酔わせ一緒に寝て、父によって子孫を残そうと、妹に打ち明けます。そして姉は父によって男の子を産み、その子をモアブと名づけます。彼は今日のモアブ人の先祖です。(創世記19:37) 妹も同じようにして男の子を産み、その子をベン・アミと名づけます。彼は今日のアンモン人の先祖です。(創世記19:38)

しかし神は、このような罪のただ中にいる人間をお見捨てにはなりません。
ご自身に対して、信仰をあらわす者を祝福してくださるお方なのです。
神は、この異教の民モアブ人の中からルツを選び、イスラエルの王ダビデの曾祖母に、やがてはその家系から救い主イエス・キリストが生まれる祝福を与えてくださいました。
ルツは夫亡き後、義母ナオミに「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」と訴え、イスラエルの神に従って生きる決断をします。神に自分の人生をゆだね、心を定めて歩みだしたのです。

「あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。(箴言3:6)」

牧師コラム 『うしろを振り返ってはいけない』 2020年7月26日

           牧師 高橋勝義

二人の御使いはアブラハムと別れた後、ソドムに向かって行きました。
ソドムに住むロトは、二人の御使いを見ると、自分の家に泊ってくださるようにとお願いし、迎え入れます。そして御使いたちは、「彼らの叫びが主の前に大きいので、主はこの町を滅ぼそうと、私たちを遣わされたのです」(創世記19:13)とロトに告げます。
その理由は、ソドムとゴモラが不道徳(性的堕落)に満ちた町だったからです。
事実、町の男たちは、二人の御使いに対してよこしまな思いで、ロトの家に押しかけたのです。いつのまにかソドムとゴモラの悪い影響を受けていたロトは、二人の娘を差し出そうとしてしまいますが、町の人々は、それでは納得しなかったのです。

夜が明けるころ、逃げるようにせき立てられてもためらうロトに、み使いたちは、彼と妻、二人の娘の手をつかみ町の外に連れ出します。そして「いのちがけで逃げなさい。うしろを振り返ってはいけない。」(創世記19:17)と警告します。そして、主は硫黄と火をソドムとゴモラの上に降らせ、低地全体を滅ぼされたのです。(創世記19:24,25)
しかしロトの妻は、うしろを振り返り塩の柱になってしまったのです。(創世記19:26)

人間の繁栄は、創造主なる神の恵みによるものであることをすっかり忘れ、富こそがすべて、と神に背を向けて歩んでしまうなら、人は“聖さ”が分からなくなり、不道徳の歩みに走ってしまうのです。
それゆえ、ソドムとゴモラは私たちに対する警告です。
「あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです(マタイ6:21)」

牧師コラム 『あえて、わが主に申し上げます』 2020年7月19日

 牧師 高橋勝義

主は、「わたしは、自分がしようとしていることを、アブラハムに隠しておくべきだろうか」(創世記18:17)と考えられ、邪悪に満ちたソドムとゴモラの町を滅ぼそうとしている計画を彼に話しました。それを聞いたアブラハムは、臆することなく「あなたは本当に、正しい者を悪い者とともに滅ぼし尽くされるのですか」(創世記18:23)と神の公平なさばきに訴えます。それはソドムに甥のロトの家族がいたからです。

アブラハムは、そこにいる50人の正しい者のために町を滅ぼされるのですか、と神に訴えます。さらに、45人、40人、30人、20人と続けます。それでもなお不安を感じた彼は、「わが主よ。どうかお怒りにならないで、もう一度だけ私に言わせてください。もしかすると、そこに見つかるのは十人かもしれません。」と訴えました。

すると主は、「滅ぼしはしない。その十人のゆえに。」(創世記18:32)と約束されたのです。

聖書の神は遠くから私たちを眺めておられる厳しいお方ではなく、常に私たちのかたわらにいて下さるお方です。アブラハムに対する神の姿は、そのことを示しています。
ですから神は、ご自分の計画を打ち明けたのです。またアブラハムが、愛する者のためにどのような行動をするのかを見ておられたのです。アブラハムは、愛する者のために、神の怒りを恐れず、何度も、熱心に、神に執り成しの祈りをしたのです。

この姿はキリストの私たちに対する愛の姿そのものです。
「人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました」(ピリピ2:7,8)

牧師コラム 『笑った』 2020年7月12日

牧師 高橋勝義

アブラハムが99歳の時に現れてくださった神は、サラから生まれ増え広がっていく彼の子孫の神となる、と契約を結んでくださいました。さらにその後、主は三人の旅人の姿でアブラハムを訪れました。
そして「わたしは来年の今ごろ、必ずあなたのところに戻って来ます。そのとき、あなたの妻サラには男の子が生まれています。(創世記18:10)」と語られたのです。
その時天幕の入り口で、これを聞いたサラは、心の中で笑い「年老いてしまったこの私に、何の楽しみがあるでしょう。それに主人も年寄りで。(創世記18:12)」と言いました。

主はアブラハムに「なぜサラは笑って、『私は本当に子を産めるだろうか。こんなに年をとっているのに』と言うのか。主にとって不可能なことがあるだろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子が生まれている。」(創世記18:13,14)と語られます。
サラは自分も、夫アブラハムも、こどもが与えられるにはあまりにも高齢となっており、主のことばが信じられず、不信仰になり笑ってしまったのです。

「主にとって不可能なことがあるだろうか」、ここに神を信じる者の戦いがあります。

私たちは毎日の生活の中で、神の約束(聖書の約束)と、この世の常識、知識、価値観、経験との戦いをしています。しかし、あなたの神はあなたの傍らにおられます。 「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない(ローマ10:11)」

牧師コラム 『アブラムからアブラハムへ』 2020年7月5日

牧師 高橋勝義

アブラムが九十九歳になった時、神は名をアブラム(高貴なる父)から、アブラハム(多くの国民の父)に変えるように告げられます。(創世記17:4)
神がアブラハムを「多くの国民の父」にすると約束されたのです。さらに妻サライも「サラ」と名を変えるようにと、神は告げます(創世記17:15)。
そして、神は、契約のしるしとして「割礼」を行うことを命じ、「わたしは、あなたの神、あなたの後の子孫の神となる(創世記17:7)」ことまでも約束してくださいました。

天地万物の創造主なる神、全知全能の神が、アブラハムの“神”となってくださったのです。続けて神は、サラが来年必ずあなたに男の子を産むと語ったのですが、アブラハムは心の中で笑い「百歳の者に子が生まれるだろうか。サラにしても、九十歳の女が子を産めるだろうか。(創世記17:17)」と疑ってしまったのです。

しかし神は、アブラハムの不信仰を嘆いたり、叱ったりはしませんでした。

この全知全能の神の力は、イエス・キリストを救い主として信じるすべての者の上に今も注がれています。アブラハムの“神”は、霊的イスラエルとされた私たちの“神”となられたのです。このお方が、「主ご自身があなたに先立って進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。(ヨシュア31:8)」と約束してくださっているので、人生に山や谷があっても、私たちは勇気をもって歩めるのです。