牧師 高橋勝義 |
〔申命記4章1~14節〕
神がホレブ(シナイ山)でイスラエルに二枚の石の板に書き記した十のことば、律法(掟と定め)を与えられたのは、約束の地で彼らが神の民として生きるためであり、それによって諸国の民にあなたがたの知恵と悟りを示し、まことの神がおられることを証しするためです。そして、神のことばに「つけ加えてはならない。また減らしてはならない。」と命じ、さらに、「私たちの神、主は私たちが呼び求めるとき、いつも近くにおられる。このような神を持つ偉大な国民がどこにあるだろうか。」「あなたはよく気をつけ、十分に用心し、あなたが自分の目で見たことを忘れず、一生の間それらがあなたの心から離れることのないようにし、それらを、あなたの子どもや孫たちに知らせなさい。」と信仰の継承を命じたのです。
イエス様もあらゆる国の人々を弟子とし、イエス様が命じられたすべてのことを守るように教えなさいと命じられました(マタイ28:19,20)。信仰の継承には、主の弟子となることが鍵だからです。では、イエス様の弟子であるとはどのような姿なのでしょうか。
それは、「互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります(ヨハネ13:35)」とイエス様が語られたように愛があるかどうかです。しかし、本物の愛を知らない私たちには、愛のある歩みはできません。それゆえ、まず「私には愛がありません」と正直に認め、イエス様の十字架の愛をしっかりと受け取ることが大切なのです(Ⅰヨハネ4:10)。
「互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全です。(コロサイ3:13,14)」
牧師 高橋勝義