2011年12月1日「石巻市渡波北部第2団地仮設住宅 支援活動」

奉仕者10名  参加者20名

小規模仮設住宅は、集会所ではなく、談話室が設けられていますが、鍵の管理する方が居ないので役所で一括管理しています。鍵を借りる手続をして談話室に物資を運び入れた後、 コーヒーコーナー設置と戸別訪問の二つのチームに分かれて活動を始めました。
全体的に小さい仮設ならではの支援、ゆったりとした交わりが出来たと思いました。
帰りの道で前を走る車の電光掲示板が回り『がんばれ 宮城!! 千葉県警察移動交番車
支援警備中』とあり、思わずほろりとしました。まだ県外の応援部隊は活動しておられるんだ!と本当に頼もしく嬉しく思いました。(支援されるってうれしいな。) どのような形であれ支援を続けていく事、被災者の方々を心にかけている事の大切さを再確認させられた気持ちになりました。神様は今回もしっかりと導いて下さいました。

[高橋裕子 記] お茶とおにぎりを食べて頂きながらお話を聞かせて頂きました。
・仮設住宅に談話室があっても世話人がいないので利用されていない。
・人と人のつながりがなくてさびしいとの事。
・もっと人と話がしたい。交わりたい。知り合いになりたい。
・談話室で何かいっしょにしたい。〔編み物とか?〕
・人はひとりでは生きていけない
…等々のお話しを聞いて何かお手伝いが出来ないだろうか、したいと思わされました。

[高橋みち 記] 『衣類の支援物資は始めてです。』と喜んで下さったのが、とても感謝でした。小規模な仮設住宅〔32軒〕で、昼間お留守の方も多かったのですが、かえって、来てくださった方々には、ゆっくり見て頂けました。集会所をお借りでき寒さから守られたことも感謝でした。

[斉藤圭子 記] 運転を基本的にしました。後は皆さんと同じでしょうか。感想としては、あの仮設に行けたことが本当によかったと思いました。小さな仮設ゆえボランティアの方がほとんど来ないという事を聞き、私達が行けてよかったなぁ‥とつくづく思いました。32世帯の仮設なので定期的にいけたらいいなぁと思いました。 最後まで残って下さったご婦人がいらっしゃいましたが、彼女は何よりあのような話〔お茶をする?〕をする場を求めていたのだと思いました。彼女の為にも本当に良かったと思います。また、訪問バッグが綺麗な袋だったのが、すごくいいと思いました。時間も震災からだいぶ経ったのと、クリスマスクリスマスも近いことあり、『プレゼント!』感がありました。

[清水 賛 記] 今回はこれまで支援のなかったという仮設での活動でしたので、戸別にお配りする支援物資を世帯分お持ちして、お留守のお宅にも差し上げる事が出来ました。伺った時間帯に在宅されていた方々は、私達の声がけに気持ちよく答えて下さり談話室での衣料品等を見ながら、座ってお話をしていって下さいました。このように住民同士の交流の場は無かったとの事でとても喜んでいただけた事は本当に感謝でした。 ただ、お話を伺っていると被災された方々の中にも被災状況の差があり被災者同士の交流を持つ事の難しさを感じました。ですから、私達のように他から来た者がおひとりおひとりからゆっくりとお話を伺う必要があるように思わされました。

[牛久洋子 記] 流山福音自由教会の水間姉妹と共に支援に参加できたこと、車中での交わりも楽しい時間でした。仮設住宅の一軒一軒に訪問グッズ〔トラクト入り〕とお米を届けることができたことは感謝です。〔留守の方々にも〕これからも小さな談話室〔あつまりの場)が用いられる事を祈りたいと思います。

[深澤まり子 記]

1.「小さな仮設には支援に来る団体は少なく、この仮設に来てくれたのはこれが初めてでした。」という意見を30代の女性の方が出して下さいました。当教会は大きな仮設に行くよりもこのような支援からもれている所に行くのが良いとおもいました。
2.最後に賛美をご一緒できたことが良かったと思います。又、住宅の方と話し合えたのが良かったと思いました。

[加藤弘 記]

※当日の支援活動風景の写真につきましては、後日アップロード致します。

2011年11月24日 「渡波第一団地(仮設)支援活動」

対象戸数:89戸

この日石巻は木枯らしの吹く寒い日でしたが、集会所の中、たくさんの方々で賑わい、暖かでした。
事前に、世話役の方から、物資は一戸ずつ袋詰めしてきてほしいとの要望を頂きました。初めての経験でしたが、かえって混乱もなく、世話役の方々によって、とてもスムーズに配布できたことを感謝しています。

集会所には、衣類をたくさん並べ、コーヒーコーナーも作りました。皆さん、ゆっくりと衣類を選んだり、おにぎりを召し上がってくださったり、終始、暖かな空気に包まれていました。最後に、いつも通り、ギルバート師のリードするビンゴゲームで大いに盛り上がりました。

今回は浦和福音自由教会から三名の兄姉がボランティアとして参加してくださいました。その中の姉妹が証ししてくださったのですが、ビンゴゲームの時、ひとりのご婦人は、最後の一つの数字が、中々呼ばれないので、ついに“天の神様”と祈ったそうですが、そのとたん、“24番”とコールがあり、“ビンゴ!!”になったそうです。隣でサポートしていた姉妹は“神様は生きておられる”と、喜びとともに厳粛な思いに満たされたそうです。

古川教会から栗原先生もかけつけてくださり、おひとりおひとりに語りかけてくださっていました。
いつも各地の福音自由教会の祈りと捧げもの、そして、ボランティアの方々の助けを頂いて働きが進められていることを心から感謝致します。

[吉田真知子・記]

2011年11月15日 「教会屋根にLED十字架がつきました」

今回、DRCnet(東日本大震災救援キリスト者連絡会)のご好意により、当教会屋上にLEDの十字架が設置されました。数ヶ月前に、「韓国の教会の全面的な支援により被災地の50教会に無償でLEDの十字架を設置します」とのアピールを拝見していました。当教会の震災時の被害は、土台と壁面へのヒビ、また家具の一部落下など「一部損壊」にとどまるため、もっと甚大な被害を受けた教会にと思いましたが、思い切って申込をさせて頂いたところ、ご快諾頂きました。

折しも当日は冷え込みが厳しく、風も強くなってきた中でしたが、狭山の「のぞみ教会」の牧師でDRCnetでもご奉仕しておられる河先生、韓国からチャン兄、またお二人の兄弟方が駆けつけて下さり、手際よく設置して下さいました。約2時間半ほどで完了し、点灯された十字架は、震災の被害に今なお痛むこの東北の地を照らす、キリストの愛の光のように感じました。

これまでは、教会のごく近くの方でも「あ、ここに教会あったんですね」と言われることも少なくありませんでした。多くのチラシを配り、クリスマスやイースターには看板を出していたにもかかわらず、です。また教会員でも、会堂屋上の十字架を見たことがない、という人もいました。今回、自発光式の明るい十字架が備えられたことで、多くの方々に教会の存在を知って頂けるものと思い、本当に感謝しています。この場を借りて、御礼申し上げます。

なお今回は、亘理町に新しく生み出された亘理聖書キリスト教会や、栗原聖書バプテスト教会、石巻祈りの家にも取り付けがなされる、ということでした。ここに教会があるんだ、ということがもっと多くの人に知られるためにも、このプロジェクトがもっと豊かに用いられることを願っております。

屋上に設置された十字架。仙台北部をのぞむ
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2011年11月10日 「仮設渡波第二団地・支援活動」

来て下さった方:約140名
奉仕者:16名

今回は、宮城水産高校第二グラウンドに建設された、「仮設渡波第二団地」の集会所をお借りして、物資配布とコーヒーコーナーを行いました。今回は、名古屋および名古屋西福音自由教会から4名の兄弟たちが、マイクロバスに毛布と物資を満載して駆けつけて下さり、支援活動を助けて下さいました。また、遠くアメリカから、Sさんご夫妻が駆けつけ一緒にご奉仕下さいました。

仮設渡波第二団地は16棟の連棟型仮設住宅が建ち並び、全部で160世帯の被災者の方々が入居しておられます。12時近くになって集会所に到着すると、自治会長のHさんが出迎えて下さり、一緒に荷下ろしを手伝って下さいました。すでに100名近い方々が列を作っていて下さいました。幸い天気は非常に良かったため、並んでおられる方に寒い思いをさせずに済んだことは感謝でした。

今回はまた、モニカ・ブルッテル宣教師のご協力で、仮設住宅の集会所で、チラシやポスターなどを印刷するのに必要ということで、プリンターを献品させて頂きました。この場を借りて御礼致します。

ちょっとしたハプニングで、当初予定していた配布時間を繰り上げて、集会所を開けなければいけなくなったため大忙しでしたが、天気が良かったため外でビンゴゲームなどを行い、皆さん大いに盛り上がりました。そんな中で、私が出会った入居者の女性の方からお話を伺う機会がありました。近隣のM町で民宿を営んでおられた91歳のこの方は、津波で3人のご家族を亡くされました。お婿さんは、会社を見に行った先で津波に遭われ、50日後にやっと見つかったとのことでした。お孫さんも亡くされ、70代の娘さんとお二人で6月にやっと仮設住宅に入居できた、とのことでした。今いちばん困っていることは、病院に通う足がタクシーしかなく、7,000円もかかるということでした。被災者同士なので気軽に送迎を頼む訳にも行かず、タクシーを使うしかないとのことでした。90代となれば、病院も頻繁に利用されることでしょう。医療費もかさみ、家も流された中でのこの出費は、どれ程大きなものかと思わされます。行政の巡回車などが回って下されば良いのですが、この仮設にはそれもないようでした。70代の娘さんと二人きりの生活は、どれ程寂しく、また将来に不安を感じることでしょうか。涙を流されながら話すその姿には、ただただ祈るほかありませんでした。

それと同時に、「仮設住宅に入った方は満ち足りている」というような、誤った理解が世間一般に流れていることに危惧を覚えました。ひとりひとりの被災者の方々に実際に寄り添い、話を伺ってみるならば、そこには癒えぬ痛みがあり、不安があり、涙があります。全体からは見えなかったことが見えてきます。被災地支援に関しては、「森を見て木を見ず」ではいけないのだ、とつくづく思わされました。これからも、できる限り、この働きを続け行きたいと思います。

[門谷信愛希 記]

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2011年10月27日 「石巻市大森地区・祝田仮設住宅支援活動」

来て下さった方々:36名
ボランティア:11名

以前、T酒店様にて出会った大森地区のHさんのご依頼を受けて、祝田仮設(9世帯)とそのご近所の方々にお配りしました。祝田仮設は、万石橋を渡って、すぐ海沿いを行くと、小高い山の上にありました。石巻市以外の民間の物資配布は初めてだということでした。お昼近かったので、おにぎりとお茶をお配りして、交わりを楽しんで頂きました。全国各地から送って頂いた冬物衣料も、たくさん持って行きましたが、ほとんど全部受けとって頂きました。

いつものようにギルバート宣教師ご夫妻がビンゴゲームをリードしてくださり、皆さん、童心に返って、和やかなひとときを楽しんでくださいました。

ひとりのご婦人が、「あんたがたもキリスト教なの・・・?あそこでも、キリスト教が家を修理しているよ。」と話しかけてくださいました。すぐ近くで、サマリタンパースのボランティアの方々が、壊れた家を直していました。クリスチャンたちが、各々、この地で用いられていることを、主に感謝しながら、秋の石巻を後にし、帰途につきました。

[吉田真知子・記]

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2011年10月10日 「石巻市万石橋近隣・支援活動」

来て下さった方々:約150名
奉仕者数:48名

当教会にはお年寄りや弱さの中にある方々をサポートするための「サマリヤ会」という組織がありますが、今回の支援活動はサマリヤ会の主催で、広く教会全体に呼びかけて行いました。東京、大阪、古川など全国各地から活動に参加して下さる方々が与えられ、総勢48名という多くの人数で、石巻市万石橋たもとのT酒店様をお借りして活動を行わせて頂きました。Tさんにはいつも本当にお世話になっております。この場を借りて御礼致します。

今回は、要員が多くおりましたので、(1)物資配布、(2)炊き出し、(3)戸別訪問、(4)宅配、の四つにチームを分け、同時並行で行いました。物資配布のためには、サマリタンズ・パース提供の毛布、石油ストーブ、生活支援キットを中心に大量であり、また炊き出し用の機材も多かったため、今回初めて3tトラックをレンタルして使用しました。

炊き出しは仙台風芋煮を250食程度用意致しました。 150人の方々がはやくから来て下さり、しばらく熱い芋煮に舌鼓を打ち、またコーヒーコーナーで休憩し、歓談の時を持たせて頂きました。朝晩寒さを感じることが多くなっていることもあり、冬の備えに皆さん不安を感じておられるようでした。

戸別配布、また事前準備等については、東京から駆けつけて下さった松原さんの以下のリポートをご覧下さい。

[門谷信愛希 記]


今回初めて被災地支援活動に東京からボランティアで参加させていただきました。

10月10日(月・祝)の支援活動に向けて、10月8日(土)、9日(日)は仙台福音自由教会にて教会員の皆さんとともに戸別訪問用に物資を準備をしました。 今回の支援活動は、石巻市万石橋にあるT酒店さんを会場とし、物資配給、炊出し、コーヒーコーナー、戸別訪問が予定されていました。私は戸別訪問を担当させていただきました。

当日は物資配給の順番のために現地の方たちに朝早くから並んでいただかなくても良いように、教会の方のアイディアで抽選で整理券を取っていただき、順番を決める手はずとなっていました。 今までの支援活動の経験から得られた知恵だと思いました。さすがです!

戸別訪問は2人ペアになり4組がT酒店さんの近くのお宅を訪ねました。 5、6軒のお宅を訪問したなかで、震災から7カ月経った今もなお被災地の方々は不自由な生活を送られている現実を目の当たりにしました。 壊れた家の修理がなされていない、生活インフラが整っていないというお話や、商売をされている方はお店が再開できていないというお話をため息まじりにされていました。 また、仕出し弁当・割烹を営んでいらっしゃるお宅の1階はシャッターが降ろされていて、営業再開の目処が立っていないと肩を落としていました。

途中には家の1階部分が津波によって破壊されたままのお宅が何軒かありました。3月11日の震災と津波によって、被災地の方々の生活が一転してしまったことを物語っているようでした。 これから寒い冬を向かえる東北で暖房器具や冬物衣料に加えて、現地の方々のお話を伺うことや、また建築やインフラ整備の専門の方々の協力が必要だと感じました。 私にできることはわずかですが、これからも時間を作って支援活動に参加したいと思っております。

[東京武蔵野福音自由教会 松原泉 記]


同日のT商店様前の支援時に、12時半前に近くの渡波大森地区へ物資配布を行いました。前日に世話役のHさんに連絡し、告知していただいていたためか、約束の9時半に到着すると、近所の方々はすぐ集まって来て下さいました。カレーの材料、うどん、豆腐、納豆、油揚げ、調味料は世帯分を袋に入れ、サマリタンズパースの支援キットと一緒にスムーズにお渡しできました。

タオル、シーツ、毛布、湯たんぽ等、数が世帯数分がない物は話し合いで均等に分け合いされていました。小規模の被災地域ならではの光景でした。海のそばですが、小山が海淵にあり津波の害は平屋の家以外は床下浸水だったそうです。〔この平屋のお家は立地場所が低く一階浸水で全壊し、この地区でただ一軒、引越しされたそうです〕

生活するのに必要な車と店がだめになって買物が出来ずに苦労しているとの事でした。近隣地区の仮設住宅と合わせて32世帯を対象にとの支援希望を頂きました。大森地区への往復の道には海沿いに以前は家が立ち並んでいました。その家々は片付けられ、青空を映して海水がぴちゃぴちゃと輝いていました。

[高橋裕子 記]

出発前の打ち合わせと祈りの時
T酒店様の前はこのように湾になっています。ここから津波が押し寄せました。
物資配布の開始を待っていて下さる地域の皆様
T酒店様の前にもこのように並んで下さっています
T酒店様の内部
(左端)スペンサー・ラー兄、(右から二人目)ローナ・ギルバート宣教師
万石橋のたもとにて待機していて下さった皆様
物資配布用にお借りした1Fの半地下室
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今回初めて使用した炊き出し用大なべ二基とガスボンベ
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ご婦人方が大活躍でした!
これが宮城の秋の風物詩、「芋煮」です!
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Tさんとともに。これが今回の全参加者です!
大活躍の3トントラック!教会近くのトヨタレンタリースさんも、震災支援ということで良心的な対応を下さり感謝!

2011年9月29日 「石巻市・万石浦公園仮設住宅支援活動」

奉仕者14人 参加者80人

今回は車の不足等の心配がありS姉が前日まで苦労されていましたが、当日になり奉仕者も車も備えられハレルヤ!!と教会を出発しました。まさしく“主の山に備えあり”です。途中、石巻蛇田で納豆、生うどん、豆腐、油揚げを購入しました。

物資配布場所の仮設住宅集会所には、すでに沢山の方が待っておられました。集会所に物資を出し終えた後は、私は仮設住宅の戸別訪問に回りました。奉仕者一人各一棟ずつ回りましたが、半数の方は集会所に行かれてお留守でした。在宅の方に訪問キットをお渡ししながら集会所での物資配布の案内をしました。中に、集会所まで行かれない方〔足がご不自由〕もおられたのでご希望をお聞きしてお届けしました。以前、訪問した近くの鳥の巣地区の方はヘルパーの仕事でお世話している方を集会所に連れてきて下さいました。このような偶然の再会も嬉しいものです。

戸別訪問を終え、集会所に戻ると物資は残り少なくなっていましたが、多くの方がお茶のコーナーで談笑されていました。物資配布後はビンゴゲームをして暖房器具、灯油缶、ホットカーペット、ラジオ、米等を景品としてお渡ししました。物資を一度自宅に置いてからビンゴゲームに参加された方も居られました。終始、和気あいあいとした雰囲気があり、参加された方々も私たちも楽しさを共有でする時間となりました。

帰られる方に笑顔で「今度いつ来るの?」と聞かれました。何箇所かを回っている状態ですので、お約束できないのが申し訳なく思いました。

今回この仮設でお世話して下さった方が、集会所にこんなに大勢の人が集まったのは、仮設始まって4ヶ月になるが初めてだと言う事、皆さんがとても楽しんでいた事、物資の中にすぐ食べられるものがあって喜ばれた事などお話して下さいました。
物資を通して笑顔が生まれ、その場がいつもとても良い雰囲気になります。物資と交わりの場の提供は大事な柱です。支援をしながら寄り添い続ける事の大切さを実感し、神様の導きを頼りに細く長く続けてさせて頂きたいと思いました。
今回は川越福音自由教会の皆さんと奉仕させて頂きました。ありがとうございました。

高橋裕子 記

 私たちは毎回、全国の皆さんからいただいた物資とサマリタンズ・パースさんから提供いただいた物資、そして必要に応じて買い求めた日常品や季節品を持って、支援に伺っています。

 今回人気があって皆さんに行き渡らなかったのは、次の物資です。ダントツ、お米(ニキロ詰め)。毛布、ぼあシーツ、こたつ敷き、こたつ布団、湯タンポです。 「あらぁ、もうないのすかゎ。」と言われて、お渡しできないときは本当に申し訳なく思います。

 10月5日付けの河北新報でも報道されていましたが、みやぎの仮設住宅は、「フローリングの床板が薄く、玄関を開けると雨や風が入り込んで、暑さ寒さ対策としての断熱材が不十分」なのだそうです。

 間もなく冬。私たちは、仮設住宅を直すことはできませんが、せめて、内側からあったかくなるような、そんな物を考えて持って行けたらいいなぁと思います。

庄司弘子 記

川越福音自由教会ボランティアチーム

 今回、川越福音自由教会からボランティアの方々が7人参加してくださった。遠くから、大きな犠牲を払ってかけつけてくださる兄姉には、本当に励まされます。途中タイヤがパンクしたり、車のトラブルにあって、どんなにか大変だったかと思いますが、神様が常に守ってくださり、やさしさと、ユーモア、そして、思いやりにあふれて、奉仕してくださいました。

翌日、野瀬先生も、兄姉をお迎えに飛んで来てくださいました。各地のクリスチャンの方々の祈りと愛と励ましによって、この働きが支えられていることを実感しています。感謝しつつ

吉田真知子 記

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2011年9月8日 「石巻市・渡波地区支援活動」(第20回)

奉仕者15名、参加者約120名

この日、石巻は、さわやかな秋晴れでした。20回目となった石巻物資配布は、万石橋のたもとの「タカヤス商店」をお借りして行いました。タカヤスさんは4月、物資配布の場所を捜していた私たちを、初対面であるにもかかわらず、快く受け入れてくださったご夫妻です。その時以来、ずっと使わせて頂いています。片づいたお店に入ると、壁に“仙台福音自由教会様、ありがとうございます”と書かれた横断幕が貼ってありました。被災者の方々のやさしさが、私たちを元気づけてくださいます。

物資がなくなった後、ギルバート夫妻が、ビンゴゲームをリードしてくださいました。電気なべや掛時計、毛布など、各地から送られた品々を賞品としてお渡ししました。ゲームが進むうちに店内は、ため息と笑いと、時には歓声があがり、和やかな雰囲気に包まれました。その後も、ゆっくりと話していかれる方々も多くおられました。

物資配布と同時に、二人の兄姉が戸別訪問して、物資を取りに来ることのできない方々の所に出かけてくださいました。物資とともに神様の愛をお届けできたことを心から感謝します。

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息子のようなS兄と渡波地区の戸別訪問をしました。すぐ使っていただけるように洗ったタオル、ミニカップヌードル、レトルトカレー、お茶、スポーツジェルなどを袋に入れた個配キットを持って、津波の被害が大きく、壊れた自宅を修理して住んでいる方々の所へ伺いました。小1時間で回れるのは、10軒ほど、もっともっと回れたらよいのに・・・と思います。お歳をめしている方が多く、手軽に飲んだり食べたりできるものをお届けできたのはよかったと思います。

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2011年9月1日 「石巻市・万石浦地区支援」

行き先:石巻万石浦方面 石巻水産高校 第2仮設住宅
参加人数:9名

今回で19回を数えることになった東日本大震災支援。従来の青空で、ブルーシートでの物資配布とういう方法を変えました。今回は、石巻水産高校内第2仮設住宅を戸別訪問し、災害者を励ましつつ、物資を配布しようとする新しい試みを実施してみました。

今まで一度も雨に降られなかった災害支援でしたが、今回も神様は晴天を与えてくれますようにとの祈りの元、仙台を出発しました。しかし、石巻に近づくにつれて、台風12号による暗雲が黒く立ちこめ石巻万石浦についたときには、熱帯のスコールのような大雨でした。

しかし、神様は私たちの思いを超えた祝福をこの後、私たちに与えてくださいました。現場に着いてみると、入り口に仮設住宅集会所がありました。行き当たりばったり近くの方にここを使わせて頂けないか聞いてみると、こころよく、使えることになりました。もし、この場所が与えられなかったら、今回の物資支援は不可能でした。豪雨の中、物資を車から出し分別配布することなど不可能でした。

その上、この場所を利用してたくさんの方がいらっしゃって期せずして、住民の交流の場を提供できたのです。アメリカよりの宣教師ギルバート先生ご夫妻の提唱で、ビンゴゲームを実施しました。大変盛り上がり50人ほどの方が本当に楽しんでいただけました。

コーヒーコーナーも設置でき、私たちと皆さんとの話も盛り上がりました。その中での私が話すことができたある一人のご婦人のお話を紹介させていただきます。そのご婦人は、この近くの集落からきた方ですが、その地域からこの仮設住宅にいらした方は誰もいなく、親しい友達は少ないように思われました。6月6日に引っ越しをされてきたそうです。また不幸なことに、その翌々日6月8日行方不明だったご主人の遺体が見つかったそうです。そのことを私に告げるご婦人の目には涙があふれていました。たぶんこのこと誰にも話しことなどなく一人仮設住宅で一生懸命自分一人で頑張ってこられたのだと私は思いました。

先の阪神淡路大震災の折りに、仮設住宅で、一人暮らしのご老人の孤独死の問題が報道されました。実際、このようにして仮設住宅を訪問してみると、特別のことがない限り住民同士の交流など考えられないと思いました。故に今回のこの支援活動は、単に物資を提供するだけでなく、住民の心をいやす支援を模索する良ききっかけになったように思いました。

この経験をさらに充実した支援に発展できるように工夫していきたく思いました。最後に、今回の支援にご協力して頂いた兄弟姉妹を始め、世界中から義援金、義捐物資を送って頂いた方々に改めて感謝申し上げます。

報告者 加藤  弘

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2011年8月4日 「第3回 石巻市・黄金浜物資配布」

生活物資の一部担当している高橋です。私は購入した物品を自家用車にそのまま乗せている為、支援日は教会には集合せず、直接支援地に向かう途中から合流しています。

黄金浜の方に現在の状況をお聞きしながら準備の参考にしています。

生活物品は市からも少しずつ配給がされるようになったそうですが、支援の消耗品〔ティシュー、トイレットペーパー〕はものすごく助かっていると言うことです。お店も車も被災している地域ならば買物も出来ませんから納得するばかりです。また、前回ハエの多さに驚きましたが、市の消毒の成果で以前より減っているという事でした。洗濯ハンガー〔枠に洗濯ピンチが付いている物〕、台所用品、食器、スプーン、フォーク、箸など欲しいと言うことでした。

物資配布後の感想です。

相変わらず、座敷ほうきの需要は高く30本はすぐなくなりました。掃除機も何もかも津波で流されているので要望の洗濯ハンガーも20個準備しましたが足りず、次回は数を増やしたいと思います。物品の内容と数を状況に合わせて対応していく時、被災している方々が何を必要としているかいつも思わされています。お一人20点までという決まりを守り、物品の数を数えたり、帰り際はお礼を言いに寄られる方が多くおられ、この地域と良い関係が築かれていくと良いと思わされました。

この日はわんちゃんも一匹参加。近所の飼い犬と言う事でしたが、配布している回りをうろうろお散歩。空腹のようでおにぎりのかけらやお菓子をあげました。この地域は市から一日一回の配給〔夕食時に夕食、朝食、昼食〕を受けています。飼い犬であっても食事状況は厳しいようです。

曇り空で出発したこの日もカンカン照りの天気に変わりました。神様の導きと守りをいつも思わせられる奉仕です。名古屋西福音自由教会と浦和福音自由教会の方々と協力してさせていただきました。感謝。

〔高橋裕子記〕