2019年5月16日 クラフト教室・支援報告 第188回

・日時:2019年5月16日
・参加者:10名
・奉仕者:仙台教会4名、石巻教会1名

「おくすり手帳カバ- (1)」製作

チャペルタイム

「マザ-・テレサの生涯」
賛美:「主イエスの愛は」

今月と来月の製作は「お薬手帳カバ-」です。
皆さん、病院と仲良くの世代ですから、お薬手帳や診察券がひとまとめに収納できるおしゃれなカバ-に笑顔で手を動かしておられました。
チャペルタイムでは、有名な「マザ-・テレサ」の生涯をたどりました。
マケドニアで生まれ、18歳で献身しインドに渡った少女は36歳で神様の召しの声を聞き、最も貧しい人に仕える修道会『神の愛の宣教者会』を設立、さらにホスピス『死を待つ人の家』を開設、その生涯すべてを貧しき人々のために捧げて働きました。
1979年にはノ-ベル平和賞を授与されましたが、その壇上で「食べ物や着る者がない貧しいひとは世界中にたくさんいます。けれども、もっと惨めなのは、自分が誰からも愛されていない、必要とされていないと思う貧しさです。~ 」と語りました。
歳を重ね、重い心臓病で入院もした彼女を心配する人々に、決まって「天国に行ってからゆっくり休みます」と答え、世界中を回って神様の仕事を続け、やがて天国に旅立ちました。
貧しい人に仕え続けた彼女の生涯を支えたのは、貧しい家畜小屋でお生まれになった主イエス様の愛でした。どうぞクラフト教室の皆さんのためにお祈りください。

牧師コラム 『新しい契約』 2019年5月19日

牧師 高橋勝義

ユダヤ人にとって最も大切な「過越しの祭り」の日がきました。
この祭りは、かつて奴隷として苦しんだエジプトから、神様が救い出してくださったことを記念する祭りです。あの夜、神様の指示通り、戸口に子羊の血を塗ったユダヤの家々を神は過ぎ越し、血の塗られていないエジプト人の家の初子と家畜を神は打たれました。そして、ユダヤ人たちは、追われるようにエジプトを脱出できたのです。
さらに約束の地を目指して、荒野を旅するユダヤの民に、神様は祝福を約束する契約を交わしてくださったのです。モーセは神様のくださった契約の書(律法)を民に聞かせ、「主の言われたことはすべて行います。」と応答した彼らに、祭壇の雄牛の血を振りかけ、「主があなたがたと結ばれる契約の血である」と宣言したのです。(出エジプト24:1~8)
これが、神の民と交わされた契約(旧約)です。

過ぎ越しの祭りは十字架の前夜でした。弟子たちとの過越しの食事(最後の晩餐)でイエス・キリストは『パンを取り~「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」~「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による、新しい契約です。」(ルカ22:19,20)』と語り、パンとぶどう液を共に食したのです。
「この恵み(イエス・キリストの十字架)の故に、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物(プレゼント)です。行いによるのではありません。誰も誇ることのないためです。(エペソ2:8,9)」
イエス・キリストは、罪からの救い主としてご自分を信じる信仰により、あなたを全く新しい人生へと導いて下さるのです。これが神様と交わされる新しい契約です。

牧師コラム 『目を覚まして祈りなさい』 2019年5月12日

牧師 高橋勝義

イエス様は、これから起こることと、ご自分が再びこの世に来られること(再臨)を語られてから、いちじくの木のたとえを話されたのです。

「いちじくの木や、すべての木を見て、木の芽が出るのを見ると、すでに夏が近いことが分かるように、これらのことが起こるのを見たら、神の国が近いことを知りなさい。~ すべてのことが起こるまで、この時代が過ぎ去ることは決してありません。天地は消え去ります。しかし、わたし(イエス・キリスト)のことばは決して消え去ることがありません。(ルカ21:29~33)」

イエス様が、再びこの世に来られるまでの間、戦争、迫害などが起こります。
また、人々の心は、日々の生活の思い煩いに悩まされながら歩んでいます。
そのため、人々は、神の国が近づいていることに気づきません。
いちじくの木のたとえから、イエス様は、突然やって来る再臨に備えるように「目を覚まして祈りなさい」と命じられたのです。

「あなたのみことばは私の足のともしび私の道の光です(詩篇119:105)」とあるように、神のことば(聖書)は私たちの進むべき道を示します。

心を定めて、イエス様を信じ、油断することなく(目を覚まして)、いつも祈りながらみことばに聞き従う歩みが、私たちを日々の思い煩いから解き放ちます。
また、世界中で起こる様々な出来事に一喜一憂せず、翻弄されず、惑わされず、これらの出来事から神の国が近づいていることを悟ることが出来るのです。
イエス様が再び来られることを心から喜んで、お迎えする備えをしましょう。

牧師コラム 『みことばの約束に固く立つ』 2019年5月5日

牧師 高橋勝義

イエス様は、エルサレムの美しい神殿について、「どの石も崩されずに、ほかの石の上に残ることのない日が、やって来ます」と神殿の破壊を預言しながら、世の終わりについて語られました。
すると、弟子たちは、それはいつ起こるのか、どんな前兆があるのか、と尋ねました。主は、御自身の名を名のる偽キリストが大勢現れること、戦争や暴動が起き、民族は民族に国は国に敵対して立ち上がること、大きな地震、飢饉や疫病が起こること、そして、恐ろしい光景や天からの大きなしるしが現れるが、惑わされないように気をつけなさいと命じられました。(ルカ21:8~11)
どのような苦しいことに出会おうとも、神様は私たちを守ってくださるお方です。
そして、「あなたがたの髪の毛一本も失われることはない(ルカ21:18)」から、忍耐を持って歩み、自分のいのちを勝ち取るように勧めます。

大切なことは、いつ終わりの時がきても良い『備えをしておくこと』なのです。

その備えとは、私たちの罪の身代わりに十字架で死んで下さったイエス様を信じ、神のこどもになることです。
そして、みことばの約束に固く立ち、普段通りの歩みをすることです。
喜びをもって「人の子(イエス様)が雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来るのを見る(ルカ21:27)」ことのできる人は、何と幸いないことでしょう。
私たちは、インターネットで世界中のあらゆる情報を、瞬時に手にする時代に生きていますが、イエス様が語られたことは必ず起こるのです。
ですから、動揺することなく、私たちが持っているまことの希望(天国)を人々に証ししなければならないのです。
神様の願いは、すべての人が救われることです。

牧師コラム 『神への信頼』 2019年4月28日

牧師 高橋勝義

イエス様が、神殿の献金箱に、献金を投げ入れる人々の様子を見ておられた時のことです。ある貧しいやもめが、レプタ銅貨を二枚投げ入れるのを見て「まことに、あなたがたに言います。この貧しいやもめは、だれよりも多くを投げ入れました。あの人たちはみな、あり余る中から献金として投げ入れたのに、この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのですから。(ルカ21:3,4)」と言いました。レプタは、貨幣の内で最小単位の銅貨です。しかも、「持っていた生きる手立てのすべて」とは、生活費全部ということになります。
金持ちの献金からすれば、やもめの献金は、はるかに少ない額ですが、やもめの事情を考えれば大金です。人がこの様な行動を取る時とは、将来に全く希望が見出せないので、この世を去ろうと考えていることが多いのではないでしょうか?
しかし、貧しいやもめには、そんな様子は全く見られません。

イエス様がお金持ちの献金について「あり余る中から献金として投げ入れた」と指摘されたのは、彼らが信頼しているのは、神ではなく、お金であったからです。
やもめの献金への姿勢には、これまでも同じようなことがあっただろうと思われます。その度ごとに、神に信頼する歩みを選び取り、日々の歩みが守られたことを経験してきているので、いつもの通りに、喜んで神に献金をお献げしたのです。
「金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足しなさい。主ご自身が『わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない』と言われたからです。(ヘブル13:5)」
あなたの主人は、生きておられる神ですか、それとも、富ですか?

牧師コラム 『イエス・キリストのよみがえり』 2019年4月21日

牧師 高橋勝義

60歳の誕生日を「暦が一巡するまで長生きした」、そして「もう一度生まれたときに戻る」ということで、お祝いするのが「還暦祝い」です。

本当に、新しく生まれ変われれば、いいのですが…。

イエス・キリストは、約2000年前、十字架の上で死なれました。
この裁判を行ったピラトは、イエス・キリストを「死刑だ」と訴える民衆に向かって、「彼には、死に値する罪が何も見つからない(マタイ23:22)」と宣言しています。むしろ、「ねたみ」からイエス・キリストを訴えていることを知っていました。
イエス・キリストは「無実」であるにもかかわらず、十字架で処刑されたのです。それは、世界中の人々の罪を身代わりに負い、その贖いのためでした。
しかし、聖書は、キリストは三日目に死からよみがえったと語り、多くの人々が、よみがえったイエス・キリストを目撃しています。
人間の理性と常識では、理解できないことですが、天地万物を創造された神には、不可能なことは何一つありません。
十字架刑を受ける前、イエス・キリストは「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。(ヨハネ11:25)」と約束して下さいました。
その約束どおり、私たちのを赦し、新しいいのちに生きる者にするために、イエス・キリストはからよみがえられたのです。
では、どうすれば、新しく生まれ変わる「新しいいのち」を手に入れられるのか?
それは『イエス・キリストが自分ののために死なれたことを信じること』です。
私たちも、イエス・キリストの復活を感謝し、心からの礼拝をささげましょう!

牧師コラム 『おおいなる勘違い』 2019年4月14日

牧師 高橋勝義

次にイエス様の所にやって来たのは、復活を否定するサドカイ人たちでした。
ユダヤ人の中にも、復活を信じる人々と信じない人々がいたのです。
彼らは、イエス様に「七人の兄弟がいて、長男が妻を迎え、子がないままに死んでしまった。モーセの教えに従って、弟たちは兄嫁を妻とするが、子がないままに死んでしまった。最後に、その妻も死にました。では復活の際、彼女は彼らのうちのだれの妻になるのか。七人とも彼女を妻にしたのですが。」(ルカ20:27~33)と質問してきたのです。イエス様は、彼らに「『天国へ入るのにふさわしいと認められた人』が入るのです。天国は、めとることも嫁ぐこともなく、死ぬことはなく、復活の子として神の子なのです。」と答えられました(ルカ20:35,36)。
彼らは、この世の歩みと天国の歩みが全く同じであるかのように考えていたために、おおいなる勘違いをしていたのです。
それに、最も重要なことを見落としています。
それは「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神であり、神にとっては、すべての者が生きている」(ルカ20:38)です。このことをイエス様は教えられたのです。
天国は、死んだ者の場所ではなく、生きている者の場所です。

では、どうすれば、『天国へ入るのにふさわしいと認められる人』になれるのか?
それは、行いによるのではなく、イエス・キリストが自分の罪のために十字架で死なれたこと、そして三日目によみがえられたことを信じることです。
そうすれば、復活するのにふさわしい者と認められ、約束として、永遠のいのちが与えられているので、天国に入ることが出来るのです。

2019年3月14日 クラフト教室・支援報告 第186回

・日 時:3月14日
・参加者:10名
・奉仕者:仙台教会6名 石巻教会1名

3月のクラフト教室は、「ワイヤーポーチ」を作りました。苺とグリーンの生地が苺畑を思わせる可愛らしいポーチです。口金の芯に専用のワイヤーを入れる自立型となっています。もう少しで完成でしたが、仕上げは来月ということになりました。
縫いながらのお話の中心は、やはりちょうど8年前の3・11の震災当日のことでした。家も車も何もかも大津波に流されて行く様子、そして避難所での生活を、昨日のことのように、淡々と語ってくださいます。今、8年の歳月が流れ、ようやく平穏な日常が戻って来たところです。お話しくださることによって、少しでも、心の重荷を降ろしてくださったらと祈りつつ聞かせて頂きました。
チャペルタイムでは、森永製菓の創業者「森永太一郎」についてお話しました。寂しい幼少期を過ごした彼でしたが、19歳の時に一流の商人になろうと渡米しました。しかし、うまく行かず、すべてを失って失意のうちに公園のベンチに一人座っていた時、見ず知らずの婦人が差し出した1粒のキャンデーが彼の人生を変えたのでした。その美味しさに魅了された彼は菓子職人になろうと決心しました。また、差別に会いながら孤独の中で一人修行をする彼を支えたのはクリスチャンの老夫婦でした。太一郎は間もなく教会に集うようになり洗礼を受けました。そして、いくつもの挫折を通りながらも「森永製菓株式会社」を設立しました。すべてを失った時に出会ったキャンデーと聖書。それが彼の人生を変えて行ったのです。神様は愛するものを決して見捨てない、見放さない・・・クラフト教室に集まってくださる方々も人生の舵を大きく切ってイエス様のもとに帰って頂きたいと切に願いました。
厳しかった冬の間も守られてようやく春がやって来ました。これまでこの働きのために、いつもお祈りくださりご支援くださる兄姉に心から感謝致します。集われている方々の救いのために、準備に当たる奉仕者のために引き続きお祈りを頂けましたら幸いです。感謝しつつ。

仙台福音自由教会
吉田真知子