投稿者「Katsuyoshi Takahashi」のアーカイブ
石巻宣教支援報告 2019年7月 vol.8
石巻宣教支援報告 2019年5月 vol.7
牧師コラム 『死からいのちに移された』 2019年10月27日
牧師 高橋勝義 |
ヨハネは、「私たちは、自分が死からいのちに移ったことを知っています(Ⅰヨハネ3:14)」と語っています。では、死からいのちに移ったとは、どのような意味なのでしょうか。
天地万物を創造されたまことの神は、ご自身と親しい交わりを持つ存在として、人間を造られました。そして、神は人に一つの命令を与えます。その命令とは「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(創世記2:16,2:17)」でした。
ところが人はこの命令を破ってしまったために、二つの死が入り込んできたのです。一つは肉体の死です。もう一つは神のとの交わりが絶たれた霊的な死です。
けれども、神は私たちを愛する故に、神の一人子イエス・キリストをこの世に遣わし、私たちのすべての罪をその身に負わせ、十字架の上で罪の刑罰を行ったのです。
この神の愛を受け取り、キリストを信じる者には、復活したキリストから新しいいのちが与えられ、神との交わりが回復し、肉体の死と霊的な死から解放されるのです。これが、「死からいのちに移された」の意味するところです。
キリストを信じる者はその愛の中に生きる者に変えられ、更には「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい(ヨハネ15:12)」と命じられるのです。
そこで、ヨハネは「子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。(Ⅰヨハネ3:18)」と愛の実践を行うよう勧めるのです。
憎しみから愛する者に変わることを可能にするのは、御子イエス・キリストの名を信じる信仰によって、死からいのちへ移されること以外にはないのです。
2019年10月17日 クラフト教室・支援報告 第192回
・日時:2019年10月17日
・参加者:10名
・奉仕者:仙台教会6名、石巻教会1名
「俵型の2ウエイバッグ(2)」製作
チャペルタイム
「ヤマザキ製パンの創業者 飯島藤十郎」
賛美:「いつくしみ深き」
今月と先月の製作は「俵型の2ウエイバッグ」でした。裏布、ファスナー、表地と重なり手縫いでは手ごわい厚さに悪戦苦闘の場面もありましたが、折りたたんで縫い上げると見事な俵型のバッグが出来上がりました。
完成した方から肩に掛けて、恒例の完成記念写真。皆さんの笑顔が素敵です。
チャペルタイムはお馴染みのヤマザキパンの創業者のお話しでした。
「今朝も食べたわ~」と身近なパン屋さんのお話しに皆さん興味深々。
震災時のヤマザキパンの大きな支援の根底にも「キリストの愛」があると感じました。
前回から、隣町女川の方々だけではなく、教会近隣のかたが3名参加されるようになりました。この教室を通して救われるかたが起こされますように。
2019年9月5日 クラフト教室・支援報告 第191回
・日時:2019年9月5日
・参加者:12 名
・奉仕者:仙台教会8名、石巻教会1名
・「俵型2ウエイバッグ (1) 」製作
・チャペルタイム
杉山紘子姉のお証
賛美:「主イエスの愛は」
今月は来月と2回にわたって「俵型2ウエイバッグ」を製作します。
小ぶりですが、軽くて見た目より大容量のバッグです。
無地、花柄などそれぞれ布地を選び、製作開始です。
今回から、教会近隣の方々3名も加わりました。
チャペルタイムは満州からお母さまと幼い妹さん達と引き上げてこられ、女学校時代にイエス様を信じられ、牧師夫人として歩んでこられた杉山姉が神様の素晴らしさを、実体験を交えながらお話しくださいました。
真剣に耳を傾けられておられた皆さんの救いを心からお祈りします。
2019年7月4日 クラフト教室・支援報告 第190回
・日時:2019年7月4日
・参加者:9名
・奉仕者:仙台教会7名、ロ-ナ・ギルバ-ト宣教師、石巻教会1名
・「お花のコ-スタ-」製作
・チャペルタイム
ロ-ナ・ギルバ-ト宣教師のお証し
賛美:「主イエスの愛は」
今回は震災後、いち早く福岡から石巻に支援物資を持ってきて下さり、原発事故後は帰国指示が出たにもかかわらず、被災地にとどまり続け、さらに女川で和服のリメーク事業(恵みプロジェクト)を立ち上げるなど、支援活動とともに宣教活動をされてこられたロ-ナ・ギルバ-ト宣教師をお迎えしました。
このクラフト教室のスタ-トは先生方のお働きから始まったもので、「その根底には主イエス・キリストの愛があります。」と十字架の愛を語ってくださいました。
牧師コラム 『神の種』 2019年10月20日
牧師 高橋勝義 |
花の種を購入する時には、袋に印刷された花の写真が参考になります。写真を見れば、どんな花が咲くのかが分かるからです。
しかし、種を蒔き、楽しみに、大切に育てたのに、写真とは全く違う花が咲いたとしたら、がっかりしてしまうことでしょう。
ところで、愛は何によって測ることができるのでしょうか。
イエス・キリストは、「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません(ヨハネ15:13)」と語りました。
あなたのために、キリストは、ご自分のいのちを十字架の上で献げられたのです。その動機は、あなたを“愛”しているからでした。
私たちは、神に背を向け、神から離れた自分中心の歩みの結果、憎しみと恨みと妬みの渦巻く罪に支配されています。この歩みの行きつく先は、滅びです。
キリストは、この滅びの歩みからあなたを救うために、あなたの罪を身代わりに負い、ご自分のいのちを献げられたのです。
同時に、あなたに“愛”を届けたのです。この愛を受け取って、キリストを信じるとき、あなたの内に「神の種」即ち、神の愛が宿るのです。
ですから、ヨハネは「互いに愛し合うべきであること、それが、あなたがたが初めから聞いている使信です(Ⅰヨハネ3:11)」と語ります。
キリストを信じた者の内には、神の種が宿っているので、“愛の花”が咲き始めるのです。神の子どもの特徴は、“愛”を咲かせることなのです。
牧師コラム 『変わらない神の愛』 2019年10月13日
牧師 高橋勝義 |
震災から9年、町の風景は一変し、人々の生活も変わりました。新しい道路が次々と造られ、今も新たな道路が建設中です。そのような中でも、私のカーナビの地図は震災前のままで、そこだけは、まるでタイムスリップしているかのようです。
しかし、世界がどんなに変わろうとも“神の愛”だけは変わることがありません。
イエス・キリストは、『わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと…(ヨハネ15:12)』と語られました。『わたしがあなたがたを愛したように』とは、ご自分のいのちを私たちのために献げてくださった十字架の“愛”のことです。ではなぜ、神は大切なひとり子イエス・キリストのいのちを、私たちにくださったのか、それは神が私たちを愛してやまないお方であり、さらに罪ある私たちの行きつく先が滅びであることをご存知だからなのです。
神は私たちを救うために、私たちのすべての罪をキリストに負わせ、十字架の上でその罪を処罰されたのです。この事実を受け入れ、罪を認め、キリストを救い主として信じる時、私たちは救われるのです。さらに復活されたイエス・キリストから、私たちは新しいいのちを頂き、新しい歩みへと踏み出します。
しかし、そこには不安と恐れも出てきます。ですから、神は、キリストを救い主として信じたすべての人に対して『主ご自身があなたに先立って進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。(申命記31:8)』と約束してくださっているのです。
キリストを信じる者は、変わらない神の愛と、この約束に守られているのです。
牧師コラム 『神の子ども』 2019年10月6日
牧師 高橋勝義 |
人には誰にでも「親」がいます。たとえ、好き嫌いがあっても「親」であることに変わりはありません。子どもは、その「親」から財産・家柄などを、また性格・容姿なども受け継ぎます。残念ながら、そのどちらも、子どもには選ぶことが出来ません。
ヨハネは、キリストを信じたすべての者に向かって「愛する者たち、私たちは今すでに神の子どもです。やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。(Ⅰヨハネ3:2)」と語っています。
神の子どもとされた私たちは、親である「神」から、何を受け継ぐのでしょうか…。
第一に、本物の“愛”を知り、その“愛”を受け継ぎました。
「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。(Ⅰヨハネ3:16)」とある通りです。
第二に、“信仰によって生きる歩み”を受け継ぎました。
「あなたがたはみな、信仰により、キリスト・イエスにあって神の子どもです(ガラテヤ3:26)」とあるように、良い行いをすることで罪から救われるのではなく、キリストが自分の罪のために死んでくださったことを信じる信仰によって救われたのです。
第三に、“御霊(聖霊)に導かれる歩み”を受け継ぎました。
キリストを信じる前の自分の力に頼る生き方から、キリストを信じた時に心に来て下さった御霊によって、あなたは、神を信頼して生きる生き方に変えられたのです。「神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです(ローマ8:14)」とある通りです。












