牧師コラム 『神の真実な約束』 2020年1月10日

牧師 高橋勝義

ヤコブは兄エサウの所から逃げるようにして、伯父ラバンの住む東の国ハランに旅立ちました。その途中、神はヤコブに「わたしは、あなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。~わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」(創世記28:13~15)と夢の中で語られました。
ヤコブは未知らぬ地への旅の恐れと不安を抱きながらも、この神の力強い約束に励まされ、旅を続けます。そして東方の地にたどり着き、井戸を見つけ、そこにいたハランの羊飼い達に伯父ラバンの消息を聞いていると、なんとラバンの娘ラケルが羊の群れを連れてやって来たのです。便利な連絡手段のない時代のこの二人の出会いに、神様の約束の真実と深い愛を覚えるばかりです。

すぐにヤコブは井戸の重い石を転がして伯父ラバンの羊の群れに水を飲ませ、ラケルに口づけし、泣きながら、自分はラケルの父の甥であることを告げたのです。驚いたラケルは急ぎ父に知らせ、ラバンも走ってヤコブを迎えに行き、家に連れ帰ります。ヤコブは伯父ラバンに事の次第をすべて話し、ラバンの所に滞在することとなったのです。

神は約束された通り、ヤコブの歩みを守り導かれました。
ヤコブとともにおられ、彼を導かれたお方、すなわち、天地万物の創造主なる神は、あなたを救い、まことのいのちと祝福に招き入れるために、ご自分のひとり子イエス・キリストをこの世に遣わされました。

そして、キリストは「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら救われます。また出たり入ったりして、牧草を見つけます。(ヨハネ10:9)」とあなたに語りかけます。

牧師コラム 『ヤコブの旅立ち』 2021年1月3日

牧師 高橋勝義

兄エサウが弟ヤコブを恨み、殺意を抱いていると、母リベカに伝えられると、母はヤコブを呼び寄せ、「すぐに立って、ハランへ、私の兄ラバンのところへ逃げなさい」(創世記27:43)と命じます。父イサクもヤコブを祝福し、パダン・アラムから妻を迎えること、またカナンの娘たちから妻を迎えてはならないことを命じて彼を送り出しました。(創世記28:6)

ヤコブはベエル・シェバの両親の元を出て、ハランへと旅立ち、ある場所で一夜を明かし、そこで彼は夢を見たのです。それは、地に立てられているはしごの端が天に届き、神の使いたちが、そこを上り下りしている夢でした。さらに主ご自身が「わたしは、あなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしは、あなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫に与える。~見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。(創世記28:13~15)」と、力強く語られ、約束してくださったのです。眠りから覚めたヤコブは「まことに主はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった。(創世記28:16)」と告白します。

私たちの人生は山あり谷あり、さらに近頃は、想定外の出来事が頻繁に起こり、恐れや不安を抱くことばかりです。何を頼りにして歩めばよいのか、まったく見当がつきません。

しかし私たちを造られた神は「あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。(イザヤ46:4)」と約束してくださっているのです。

牧師コラム 『恵みの契約』 2021年1月1日

牧師 高橋勝義

イサクがヤコブを祝福し終わり父の前から出て行くとすぐに、兄エサウが猟から戻り、「お父さん。起きて、息子の獲物を召し上がってください。あなた自ら、私を祝福してくださるために。」(創世記27:31)と、やって来ました。

事の次第を悟った父イサクでしたが、すでに弟ヤコブを祝福したあとでした。すべては神のご支配の中にあるのです。「彼(ヤコブ)は必ず祝福されるだろう」(創世記27:33)と父は語り、エサウは声の限りに激しく泣き叫び、「お父さん、私を祝福してください。私も。」(創世記27:34)とすがったのです。しかし、時すでに遅し。父は、「おまえは自分の剣によって生き、自分の弟に仕えることになる。」(創世記27:40)と兄に語ります。これは母リベカが、ぶつかり合う胎児のために主のみこころを求めたときに「一つの国民は、もう一つの国民より強く、兄が弟に仕える」(創世記25:23)と語られた主のみこころ、神の主権のあらわれでありました。また神ご自身を軽んじたエサウの歩みの結果が明らかにされたのです。

このエサウの姿は、まことの神から離れて歩む私たちの姿そのものです。それゆえ、神は私たちに「あなたは、あなたの神、主だけが神であることをよく知らなければならない。主は信頼すべき神であり、ご自分を愛し、ご自分の命令を守る者には恵みの契約を千代までも守られる。(申命記7:9)」と語っておられます。しかし、神のご命令を守ることなど到底出来ない私たちです。この私たちに恵みの契約を備えられたのがイエス・キリストの十字架なのです。

ですから、キリストはどの道を選ぶのかをあなたに問いかけています。「世と、世の欲は過ぎ去ります。しかし、神のみこころを行う者は永遠に生き続けます。(Ⅰヨハネ2:17)

牧師コラム 『母リベカの決断』 2020年12月27日

牧師 高橋勝義

神はリベカの胎内にいる双子の兄弟について、はっきりと「兄が弟に仕える(創世記25:23)」と語られ、神の祝福は弟ヤコブに受け継がれると示しておられました。

母リベカはこのことを心にとめていましたが、猟の獲物を好む父イサクは野生的なエサウを愛していました。年を重ね、信仰的な判断が弱ってきたイサクはみこころを無視し、兄エサウに『獲物を捕って来て、私においしい料理を作ってくれ。食べて、死ぬ前に、主の前でおまえを祝福しよう。』と語るのです。これを聞いた母リベカは弟ヤコブに、父の好きな料理を作るので、父のもとに持っていき、祝福をヤコブが受けるようにと伝えます。
しかし、兄のように毛深くないヤコブは、父に見破られ祝福どころか呪いを招く、とその指示を拒みます。すると母は、「子よ、あなたへののろいは私の身にあるように」(創世記27:13)と言い、ヤコブの両腕と首に子やぎの毛皮を巻き付け、兄の衣を着せ、おいしい料理とパンをヤコブの手に渡し、父の所に行くようにと背中を押したのです。
それは神のみこころに反し、神の祝福がエサウに引き継がれることを阻止するためでした。母リベカのとった行動は、夫を欺くもので決して受け入れられるものではありませんでしたが、神はこれらすべてを承知のうえで用いられたのです。
イサクは「声はヤコブの声だが、手はエサウの手だ」と、不信を抱きつつも、ヤコブが持ってきた食事をし、弟ヤコブを祝福します。これによって、神の約束と祝福は、弟ヤコブへと引き継がれました。

「しかし、みこころは一つである。だれがその御思いを翻せるだろうか。神はご自分が欲するところを行われる。(ヨブ23:13)」

牧師コラム 『あなたに引き継がれる神の祝福』 2020年12月20日

牧師 高橋勝義

今から約2000年前、ユダヤの国ベツレヘムの家畜小屋で神のひとり子イエス・キリストは生まれました。神でありながら貧しく、虐げられた民の子として生まれてくださったこのお方によって、滅びからいのちへの道、また神の祝福を受け継ぐ者への道が開かれたのです。

イスラエル民族の父祖アブラハムは、神の召しに従い、神の示す地に向かいました。神は彼に「地のすべての部族は、あなたによって祝福される(創世記12:3)」と約束されます。さらに息子イサクにも神は「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる(創世記26:4)」と語り、神の祝福の約束は、アブラハムからイサクへと引き継がれます。
しかしイサクの息子ヤコブは、兄エサウの長子の権利をレンズ豆のスープと交換させ、さらに祝福までも奪い取ってしまいます。激怒した兄は、ヤコブを殺そうと考えましたが、母リベカの知るところとなり、母はすぐに「ハランの私の兄ラバンのところへ逃げなさい」とヤコブに命じます。事の重大さを察した父イサクは、ヤコブを呼び寄せ「全能の神がおまえを祝福し、多くの子を与え、おまえを増やしてくださるように。そして、おまえが多くの民の群れとなるように。(創世記28:3)」とヤコブを祝福し、送り出します。こうして神の祝福の約束は、アブラハムからイサクへ、そしてヤコブへと引き継がれたのです。

さらに、この祝福はキリストを罪からの救い主と信じるすべての者に引き継がれるのです。「信仰によって生きる人々が、信仰の人アブラハムとともに祝福を受ける(ガラテヤ3:9)」とあるように、この神の祝福をあなたに引き継がせるために、神はイエス・キリストをこの世に遣わし、その十字架によって私たちに救いの道を開いてくださったのです。

2020年11月19日 クラフト教室・支援報告 第203回

・日時:2020年11月19日(木)
・参加者:14名
・奉仕者:仙台教会7名、石巻教会1名

・製作:「マスクポーチ」

・チャペルタイム

「 息子と私」

賛美:「 明日を守られるイエス様 」

聖書:「 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。
すべてのことにおいて感謝しなさい。テサロニケ人への手紙第Ⅰ 5:16~18 )」

牧師コラム 『主があなたとともにおられる』 2020年12月13日

牧師 高橋勝義

ゲラルの地を離れたイサクは井戸をめぐる争いも一段落し、平穏な日々を送っていました。そこに突然ゲラルの王アビメレクが、友人アフザテと軍の長ピコルを伴いやって来たのです。驚いたイサクは、今なぜ追い出した自分の所に、王がやって来たのかと尋ねます。
すると思いもよらない、答えが返ってきました。それは「互いに相手に手出しせず、害を加えない」という盟約をイサクと結びたい、というものでした。なぜなら、「私たちは、主があなたとともにおられることを確かに見たからだ」(創世記26:28)と言うのです。というのも、アビメレク王たちは、イサクがゲラルの地で収穫が百倍にもなる神の祝福を得ていたこと、更に今この新しい地でも神に祝福されている姿を見て恐れを抱いたからです。
両者は互いに誓いを交わし、王たちは平和のうちに帰途につきました。

クリスマスは神のひとり子イエス・キリストがこの世に来て下さった喜びの時です。

聖書には、キリストは処女より生まれること、そして『インマヌエル』(訳すと『神は私たちとともにおられる』という意味です)と呼ばれることが預言されていました。
このお方がイサクとともにおられ、彼を祝福し続けたように、あなたを祝福するために、人となってこの世に来られたのです。このお方イエス・キリストが「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11:28)」と、今日もあなたを招いておられます。

この招きとは、イエス・キリストを罪からの救い主と信じることです。その時、あなたの心にイエス・キリストが入ってくださり、祝福の扉が開かれるのです。

牧師コラム 『恐れてはならない』 2020年12月6日

 牧師  高橋勝義

飢饉を逃れてゲラルの地に移り住んだイサクは、人を恐れて妻リベカを「私の妹です」と偽ります。ところが、神はこのような過ちにもかかわらず、彼を守り、祝福してくださいました。しかし、豊かさと力を増していくイサクをゲラルの人々は妬み、ついには彼を追い出します。そればかりか井戸をめぐって次々と言いがかりをつけ、彼は争いに巻き込まれます。

イサクは争いを避け、場所を移して井戸を掘り続け、ようやく平和な場所にたどりつきました。そして「今や、主は私たちに広い所を与えて、この地で私たちが増えるようにしてくださった(創世26:22)」と神に感謝したのです。そこからベエル・シェバに上ったその夜、主はイサクに現れ「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加える。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」(創世記26:24)と語られました。

イサクの困難な状況を顧みられた神は、父アブラハムへの祝福の約束(契約)は確実にイサクに引き継がれている、と語ってくださったのです。想定外の自然災害や未知のウイルスなどが次々と押し寄せる不確実な今の時代の中で、私たちの心は揺れ動きます。災難や困難が続く時、人は不安や恐れに支配されて将来に期待や希望が持てなくなってしまうからです。

しかし「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。(イザヤ41:10) 」と約束してくださる神様が、そのひとり子であり、救い主であるイエス・キリストを私たちの所に送ってくださいました。

それがクリスマスなのです。

牧師コラム 『乳飲み子のように』 2020年11月29日

牧師 栗原延元

 

 

 

 

今年の石巻教会の暗唱聖句のテーマは、「みことばに生きる」です。このみことばとは、どなたのことばであるかと言いますと、天地を造られた神のことばです。それは、神の御子イエス・キリストのことばです。

このイエス様は「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」と明言し、どんなに衣食が充たされていたとしても、人は幸せにはならないと宣言します。そして、人の心に本当の幸せをもたらすものが神のことばであると語るのです。

今日の聖書の個所は、イエスの12弟子のひとりペテロが実感をこめて書いている句です。「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋なみことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。」(Ⅰペテロ2章2節)
この箇所を、じっくりと学びたいと思っています。