牧師コラム 「らしんばん」 2015年5月3日

IMG_8506  栗原 延元牧師

今日の箇所は、わずか5個のパンと2匹の魚が
イエスの御手の中で5千人の男たちを満腹にさせた奇蹟が描かれています。

主イエスの奇蹟を考える時に重要なのは、
その奇蹟が何を意味し意図しているかに思いを寄せることです。
奇蹟を始めから否定してしまうと、イエスがどのような方なのかを
知ることはできません。
又奇蹟を自然現象として解説する時も、イエスの主キリストであることを
見失います。
一方、奇蹟を単に物理的にのみ捉えようとすると、キリストの(罪からの)贖いの真意を
見落とすことになります。

この奇蹟の記事を読んで思い出すのは、モーセに引き入られて荒野を旅した
イスラエルの民のことです。
彼らは荒野で神とモーセに逆らい、「食物が無い、飲み水が無い」と騒ぎ出します。
「この荒野で我らを殺すつもりか」と。

神は40年間荒野でイスラエルの民を養います。
その折りの食物を「マナ」と呼びました。
正にイエスはまことの「マナ」であることをこの奇蹟を起こすことによって、
弟子たちと御元に集まって来た人々に証ししているのです。

<イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。」>(ヨハネ6:35)

牧師コラム 「らしんばん」 2015年4月26日

IMG_8506  栗原 延元牧師

今日の聖書箇所はマルコ6:14~29です。
ここには、義人ヨハネが何故ヘロデによって投獄され、
獄中で斬首されたのかが詳しく書かれています。
まるで一幕の劇を観ているようです。

王ヘロデはこのヨハネを正しい聖なる人と知って、
彼を恐れ、保護し、教えを非常に当惑しながらも
喜んで耳を傾けていた(マルコ6:20)。
このヘロデが何故にヨハネの首をはねなければならなかったのかというと、
妻ヘロデヤの恨み(ヨハネへの)と人々への恐れでした。

ヘロデは王という地位にありました。
王は、何も恐れる必要のない、人間社会の中では最も高い地位です。
しかしヘロデの心は恐れで支配されていました。
人々への恐れ、妻への恐れ、そして自分への恐れです。

この恐れは、神に対して悔い改めないところから生じる恐れです。
この恐れが悪に悪を加え、人から正しい判断と行動を奪うのです。

王ヘロデは、何でも自分の思うような行動ができると考えていたことでしょう。
しかし、現実にはやってはいけないことをしてしまうのです。
自己の心の中に宿っている悪に振り廻されてしまったのです。
人は罪に捕われています。
この捕われから人を解放する方が救い主イエスなのです。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年4月19日

IMG_8506  栗原 延元牧師

イエスは郷里ナザレの人々から拒まれた後、
12弟子を2人一組にして伝道に派遣します。
その時「杖一本の他、何も持って行くな」と命じます。
私はここを読み、賛美歌270番の

「信仰こそ旅路を導く杖 弱きを強むる力なれや。
心勇ましく旅を続けゆかん。この世の危うき恐るべしや」
を思い出しました。

人生は旅にたとえられます。
奥の細道の芭蕉は栗の木の杖を手に取って
みちのくの旅に出ました。
なぜ栗の木が杖に選ばれたのかというと、
旅先で生命を落とす事があっても栗の木の杖は
西方浄土に連れて行ってくれるからと言うのです。
それは栗の木が西方に立つ木だからなのだそうです(小畑進師)。
私の名字は栗原です。それで大変自分の名字が気に入っています。

イエスが弟子達に「杖一本」の他、何も持って行くなと命じたのは、
信仰一本で行けと言うことのようです。
ここで言う信仰とは、知性も感性も理性も何もかも無視して
歩めというのではありません。

なぜなら、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と
イエスは語っておられるからです。
そのイエスへの信頼が信仰なのです。

Welcome!

4月初旬に咲き始めた桜もそろそろ緑の葉が
芽吹き始めています。

毎週の礼拝には、地元の方も出席していますが、
ゲストも足を運んでくださっています。
4月12日の礼拝には、石巻の働きが始まってから
応援してくださっている米国在住のS夫妻が集って
くださいました。

前日は、牡鹿半島に宿泊されて、礼拝出席後、
仙台から関東に行かれるとのこと。
短い交わりでしたが、ともに礼拝を持てたことは
感謝です。

いつも祈り支えてくださる方がいることは、
本当に励みになります。

新しい年度が始まりました。私たちの歩みも、
また一歩進めていきたいと思っています。IMG_9476

牧師コラム 「らしんばん」 2015年4月12日

IMG_8506   栗原 延元牧師

イエス・キリストの郷里はナザレです。
ナザレの会堂でイエスの教えを聞いた多くの人々は驚いて
「この人は、こういうことをどこから得たのでしょう。
この人に与えられた知恵や、この人の手で行われる
このような力あるわざは、いったい何でしょう。」と言います。(マルコ6:2)

イエスの教えや行いは普通の人のものではありません。
ですからマルコの福音書を読み進みますと
「いったいこの方はどういう方なのだろう」という問いかけが出てきます。

「福音書は読者にイエスの姿をありのまま、
見つめる事によりイエスに宿る真理に透徹した洞察を
呼び起こそうとしているのです。」(奥村修武氏)

洞察する力を信仰と呼びますが、郷里ナザレの多くの人々は
イエスの教えと行いについて深く考えようとはせず結論を出してしまいます。
「この人は大工ではないか」と。
どうして神の子であろうかとイエスにつまずいたのです。

イエスにつまずいたのは郷里ナザレの人たちだけではありません。
イエスの12弟子の皆がつまずいたのです。
イエスの逮捕を前に弟子たちは散りぢりに
逃げてしまったのですから。

イエスの十字架の死と復活につまずかない者は幸いです。

イースターランチ 2015年4月5日

私たちの罪のために十字架で死なれた
主イエス。

全てが終わってしまったと思い、絶望にくれたで
あろう弟子たち。

けれども、3日目に、手に釘の跡、脇腹に槍跡を
残したままで、ご自身を現されたイエス様。

驚きと戸惑いを感じた弟子の姿は想像に難くありません。
そんな弟子たちに「平安があなたがたにあるように。」と
イエス様は優しく声をかけられます。

弟子たちの喜びはどれほどだったでしょう。
このようにして、復活後 三度イエス様は弟子たちの前に
ご自分の姿を現されます。

3度目は、テベリヤ湖(ガリラヤ湖)で、ペテロを含め
7人の弟子たちが漁をしていた時です。

一晩中網を打っていても一匹の魚も獲ることができなかった彼ら。
明け方、一人の人物(弟子たちは、それがイエス様であるとは気づきません)が
岸辺から「船の右側に網をおろしなさい。」と言われ、
その通りにすると、おびただしい数の魚が網にかかっていました。

それでやっとその人物がイエス様であると気付く弟子たち。
船を陸地に寄せると、そこにはすでに、火が起こしてあり、
焼けた魚とパンが用意されていました。
(イエス様が準備してくださったのでしょうね。 (^○^))

愛する弟子たちと共に食事をするイエス様。
死んだと思っていた師が、よみがえり、目の前で
自分たちのために食事を整えてくださっている光景。

絶望の淵から希望へと移される瞬間です。
そんなイエス様と弟子達の楽しい食事を覚えて、
イースターランチと称し、栗原牧師特製のサンマの燻製と共に、
皆さんと昼食を楽しみました。

IMG_9410IMG_9372
 【テベリヤ湖畔での出来事を話す栗原師】    【金色に輝くサンマで皆さん 笑顔に】

その後は、ゆったりとお抹茶と桜饅頭を頂き、
ミニコンサートを楽しんでいただきました。

IMG_9391IMG_9370
        【夫婦ユニット「クレール」お二人によるピアノとクラリネットの演奏】

IMG_9379IMG_9376
                【M姉と督枝先生によるお抹茶の振る舞い】

イエス様の復活を見た弟子たちの絶望が希望へと
変わったように、石巻の地が希望の地になるように、
私たちは小さくても働きを進めていこうと思います。

イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。
「平安があなたがたにあるように。」【ヨハネ20:19】

IMG_9414

牧師コラム 「らしんばん」 2015年4月5日

IMG_8506  栗原 延元牧師

ガリラヤ湖で、よく取れる魚を“ペテロの魚”(ピーターズ・フィッシュ)と言います。
形はヘラ鮒と似ていますが、ヘラ鮒ではありません。スズメダイの一種です。

福音書には魚がたびたび登場します。
イエスのことば通りに網をおろしてみると大漁であったこと(ルカ5:1-11)。
5つのパンと2匹の魚がイエスの祝福のことばによって5千人以上の人を
養ったこと(マルコ6:30-44)。
湖に行って最初に連れた魚の口に銅貨があるから、
それを取って税を払いなさい(マタイ17:24-27)などです。
漁師以上に魚のことをよくご存じのイエス・キリストです。

<イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を>(ヨハネ20:9)
弟子たちは信じることができませんでした。
この弟子たちに、よみがえりを信じてもらうために、
イエスは涙ぐましい努力をします。

衣を脱いで、腹の槍の傷跡を弟子たちに触らせたり、
焼き魚を弟子たちの目の前で食べたりして、
イエスはご自身がよみがえったことを現したのです。
イエスのよみがえりは歴史上の事実です。
この事を人が黙るならば、あの石(ルカ19:40)と同じように魚が語るでしょう。

「まさしく主イエスはよみがえられた」と。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年3月29日

IMG_8506  栗原 延元 牧師

来週の日曜日は、イエス・キリストの復活をお祝いする日(イースター・サンデー)です。
その一週間前の日曜日をパーム(しゅろの木)・サンデーと呼びます。
人々がしゅろの木の枝を取って道に敷き、イエスのエルサレム入城を歓迎したのです。

この時、イエスは柔和なロバの子に乗ります。
しかもこのロバの子にはまだ誰も乗ったことがありません。
これは聖いご用に使われたことを意味します。
弟子たちは、このロバの子の上に自分たちの上着を掛け、尊敬のしるしとします。

まさに「しゅろの日曜日」のイエス様のエルサレム入城は、
救い主(キリスト)としてご自分を現わされたのです。
前を行く人も、後に従う者も「ホサナ!ホサナ!(栄光あれ、祝福あれ)」と叫んで、
エルサレムの宮に着いたのです。
群集の喜びの叫びが騒音に感じたのでしょう。
パリサイ人(イエスの人気をねたむ人々)のある者が、
イエスに「先生。お弟子たちをしかってください。」と言った時、
イエスは答えて言われました。

「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」
(ルカ19:39〜40)

新しい賛美の民の集う所が、キリスト教会なのです。

主が石巻に遣わされたお二人に感謝を込めて

今年度最後のしゅろの日曜日、礼拝後には2年間にわたって奉仕してくださった
寺村さんご夫妻の歓送会が持たれました。
新婚のお二人が、主にあって喜んで石巻に来てくださり、
いつも優しい笑顔をたたえて一心に労してくださったことによって、
私たちはどれだけ励まされ、助けられたことでしょう。
お二人の存在がなければ、石巻開拓の今日は無かったと言えます。
はるばる京都の地からお二人をお遣わしくださった主の御名を崇めるとともに、
お二人との出会い、また2年間のお働きに、あらためて感謝いっぱいのときとなりました。

「歓送会」なのに、集まったみなさん。
「またいつでも帰っておいで!」 「待ってますよ!」と口々に。

しまいにはお二人も「また来ます」と笑顔で言ってくださり、
主にある交わりは今後ますます深まりそうです。
お二人の前途を、主がなお豊かに祝福してくださいますように!

11083840_788851107878534_4070127129005493315_n11110198_788851111211867_3131632565430212774_n
  石巻教会をデザインしたパッチワーク        二人を囲んで交わりのひと時

2015年3月19日、27日「石巻東バイパス、垂水仮設、北部第3仮設」(第115回、116回)

○日時:2015.3.19(木)
○場所:石巻東バイパス仮設
○奉仕者:7名(仙台教会6名 石巻教会1名)
○奉仕内容:布で作るチューリップ、紙芝居による聖書のおはなし、次回チラシ配布

IMG_0735IMG_0744


○ 日時:2015.3.27(金)
○場所:垂水仮設、北部第3仮設
○奉仕者:9名
(仙台教会5名 古川教会1名 アガペーコミュニティーチャーチ2名 石巻教会1名)
○奉仕内容:フラーアレンジメント、聖書のお話、お話を伺う、サザエさん体操、くじ引き(景品)衣類提供、助六提供、戸別訪問による個配キット配布(カップ麺2、テッシュ1、メッセージ、イースターチラシ)

日本晴れと言う言葉がぴったりの支援日となりました。
談話室にはすでに4人の方がお待ちになっていました。
この仮設の方々はとても仲が良く、仮設から出られた方も
水曜日と金曜日に来られてお茶飲み会をしています。
私たちの支援も曜日を合わせて行っています。

戸別訪問をしながら集会にお誘いし、最近引っ越して来られたばかりの方が
参加されました。
仮設の方々と良い顔合わせの時となったようでした。
8名の参加の内、仮設を出られた方は3名でした。
初参加の方の誕生日が支援翌日とのこと。
皆なで“ハッピーバースディ”を歌ってお祝いしました。(涙ぐまれていました。)

フラワーアレンジメントを楽しんだ後は体操、歌、紙芝居による聖書のお話の時を持ちました。メッセージのテーマは復活。
罪の解決の為の十字架と復活であるという事が
お一人お一人の心に刻まれるようにと祈りました。

交わりの中では、初めての支援奉仕参加の方が被災時の様子を聞かれていました。
震災を忘れないためにも大切な奉仕と思います。

4月5日イースター礼拝のお知らせの為、数か所の仮設にポスター貼りをしました。
横浜からのボランティアの青年たちが花壇の奉仕作業をしていました。

仮設を出る時期にも、(仮設統合のため)新たに仮設に越して来られる方も
いる現状を教えられ、個々のご事情は分らないまでもそのような方々に
寄りそう支援を今後も続けていきたいと思わされています。

今回は福知山から来られたT姉の最後の支援奉仕となりました。
この2年間の支援活動をご一緒出来た事を感謝いたします。
神様はかけがいのない神の家族を2年間お与えくださいました。
(記:高橋裕子)

IMG_0757 IMG_0783
   F姉のリードで、生け花の開始         春の装いを思わせる花々

IMG_0770IMG_0773
            完成したアレンジメントと記念撮影!

IMG_2506IMG_0798
 仲田師の紙芝居を使ったメッセージ             交わりの時間

IMG_0789IMG_0804
さざえさんの曲に合わせて身体を動かします  4月には関西に戻られるT姉を囲み