4月5日 イースター礼拝

イースターとは、十字架で死なれたイエス・キリストが
三日目に復活されたことを記念する日です。
二千年来、世界中のキリスト教会が祝ってきました。

教会にとっては、クリスマスと同様に大切な日です。
そんな大切な日を皆さまと共に、昼食を交えながら
お祝いします。
お抹茶やピアノとクラリネットのミニ演奏会も予定して
しています。
食事の後に、聖書からイースターのお話しをします。

2015年4月5日(日) 12:00~15:00

どなたでもお気軽にお越しください。

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牧師コラム 「らしんばん」 2015年3月22日

IMG_8506  栗原延元 牧師

マルコの福音書は、イエス様のお弟子マルコが
書き表わしたイエス様の教えと行ないです。
始めから読み進んでいきますと、
「いったい、この方はどういう方なのだろう」(マルコ4:41)
との思いが起こってきます。
その思いがひとつの頂点に達するのが今日の聖書の箇所(マルコ5:35~43)です。

イエス様は、会堂管理者ヤイロの家に行き、
亡くなったヤイロの娘の手を取って
「タリタ、クミ(少女よ。あなたに言う。起きなさい)」と言って、
死者を生き返らせました。
この奇蹟は、死を打ち砕く力をイエスはお持ちであることを
現わしているのです。
しかし、イエスは、このことを誰にも知らせるなと、
ヤイロ夫妻と弟子のペテロ、ヤコブ、ヨハネに命じました。

イエス・キリストは死を克服されるお方であることを、
墓に葬られたラザロを生き返らせる奇蹟の中に顕わされました。
そして、イエスは語られたのです。

「わたしは、よみがえりです。いのちです。
わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。
このことを信じますか。」
(ヨハネ11:25-26)

これが新約聖書のメッセージの中心です。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年3月15日

IMG_8506  栗原延元牧師

今日は12年間、出血で病んでいた婦人が
イエス・キリストによっていやされた記事を学びます。
この人は多くの医者からひどい目に会わされて、
自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、
何のかいもなく、かえって悪くなる一方でした(マルコ5:26)。

病気の回復をあきらめても仕方のない状態でしたが、
この人は、イエスのことを耳にして、
「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えて、
イエスの着物にさわるとすぐに血の源がかれて、
ひどい痛みが直ったのです。
この婦人はイエスのもとに来ていやされました。

「人は自分の病気を自覚した段階で病人となります。
しかし医者の前に現れるまでは、いわゆる患者ではありません。」(奥村修武氏)
病気が直るには患者(わずらい悩んでいる)として医者に診てもらわなければなりません。
丈夫な人は医者を必要としないとはイエスのことばです。
クリスチャンとは、イエスを必要としている人です。
義人(人間らしい人)は信仰によって生きるのです。
この婦人はイエスをキリスト(救い主)と信じて病が直り、救われたのです。

2015年3月11日「石巻福音自由教会」(第114回)

○場所:石巻福音自由教会
○奉仕者:30名(仙台教会28名 石巻教会1名 流山教会1名)
○活動内容
1.KIKIさんによる アイリッシュハープ演奏と歌
2.傾聴
3.お土産にガーベラ、メッセージ集、教会案内とともにお渡しする
4.軽食(お握り2個、お茶ペットボトル、どら焼き、スポーツジェル2個)
5.送迎(希望者)

震災が起きて丸4年を迎えました。
支援は続けてきましたが、今回、初め て3月11日当日の支援を企画し、
石巻教会で『祈りのとき ―ハープの調べ とともに―』と題して祈りの会を持ちました。

仙台を小雪の中の出発でし たが、石巻の渡波には雪はまったくなく、
強風が冷たいながらも快晴の天 候となりました。
来会者は午前23名、午後14名が来られました。
出入りの時間は自由にして いましたが、皆さんはコンサートの時間に
合わせて来会されたようでした 。
証を交えてのKIKIさんのアイリッシュハープの演奏と歌は静かな慰めに
満ちたひとときになりました。
日本唱歌のルーツがアイルランド民謡や、スコットランド民謡、賛美歌に
あると紹介されました。KIKIさんが教会に行き始めた時の牧師がK師であっ
た事。その日のメッセージが心に残った事など披露されました。

コンサートの後は、K牧師からお祈りのお話があり、全員でイエスさまが教
えて下さった「主の祈り」を祈りました。
午前の交わりの時間は想像以上に賑やかな雰囲気にあふれ、時折笑い声も
聞こえイメージとは違うものになりました。
そんな中で、何度もお会いしていた方は、仮設では話せない今まで溜めて
いた、震災前からの悲しみ、孤独、葛藤を抱えておられる事を私たち教会
の者に話されました。震災の悲惨さと比べられないと思われていたのでし
ょうか。教会のあるべき姿を教えられた気がします。

昼食の時間でも気兼ねなく過ごして頂けるようにお握り等を準備しました 。
ご夫妻で来られた方は「おもてなしが良かった。」と笑顔で帰って行かれ
ました。お帰りにはガーベラの花を1本ずつお渡ししました。

午後はコンサート後、14時46分のサイレンに合わせて黙とうを捧げました 。
その後、皆で賛美歌、聖歌、ワーシップソング、唱歌を歌いました。この
日を被災した方々と過ごしながら歌う事に思いがこみ上げ涙が出ました。
鼻水も止まらなくなり、グジュグジュになりながら歌いました。
仕事帰りに寄られた方にもKIKIさんが演奏して下さいました。

何人の方が 来られるのか見通しを立てられないまま当日を迎えましたが、
神様に送られ た方に来て頂いて温かい交わりが出来たと思います。

教会は良い所で、重荷を降ろせる場所であるという事を知って頂きたいと
思いました。
そのためにも、石巻教会に牧者が与えられるように続けてお 祈りしたいと思います。

「わたしは 彼らの悲しみを喜びに変え、彼らの憂いを慰め楽しませる。 」 エレミア31:13

(高橋裕子)

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3.11 祈りのとき ―ハープの調べとともに―

『今日』3月11日は、東北の私たちにとって
”特別な日”です。

この4年間を様々な思いを抱えて過ごして
こられた方々が私たちの目の前におられます。

石巻の方々とともに、この日を過ごすことが
できました。

神様の大きな愛が、東北全体をおおいますように。

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牧師コラム 「らしんばん」 2015年3月8日

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イエスのひとことばで嵐が静まった一行は、
ガリラヤ湖の向こう側のゲラサ人の地方に着きます。
今はケルサと呼ばれている町であったようです。

この町に悪霊につかれている男がいました。
この男は<長い間着物も着けず>とありますから自虐性があり
<家には住まず墓地に住んでいた>ところから非社交性を有し、
<私を苦しめないで>と言ったり、<鎖や足かせを断ち切ったり>
していたことから人格が混濁し、あるいは分裂していた。
酒の飲み過ぎで狂人になったか、あるいは何かの精神緊張の
過重さのあまりではないかと推測しています(榊原康夫氏)。
この男の状態は躁うつ病の躁状態の時と非常によく似ていると
言う人もいます(ジョンソン氏)。

この男には多くの悪霊が入っていました。
この大ぜいの悪霊をイエスはこの人から追放しました。
追放された悪霊どもは近くに飼ってあった豚に入り、
豚の群れは崖を駆け下り、湖に入って溺れ死にました。

現代はなんと狂気が若き者も老いた人をも支配し、
痛ましい事件が日本のいたる地域で起こっていることでしょうか。

イエスにいやされて正気に返ったこの男は、
家族のもとに帰って神の大きな救いのみわざを伝えたのです。

2015年2月12日、27日「万石浦仮設、石巻東バイパス仮設」(第112回、113回)

○日時:2015年2月12日(第112回)
○場所::万石浦仮設
○奉仕者:11名(仙台教会 9名 春日部教会1名  石巻教会 1名)
○奉仕内容:集会”DVD“勝海舟、西郷隆盛”観賞会、賛美、サザエさん体操、聖書のおはなし、
助六寿司、ビンゴゲーム
戸別訪問:個配キット(カップ麺2個、ティッシュ1個、トラクト、挨拶文、3.11祈りのときチラシ)

万石浦仮設への昨年の9月以来、久しぶりの訪問になりました。
仮設の方は会場づくりをお手伝い下さり、集まった方は22名。
DVD鑑賞をし、続くK牧師のお話に耳を傾け、体操、歌とゲームにと楽しまれました。
この仮設は当初から住民の希望で集会所を9時~17時まで開けているそうです。
「“談話室”っていうんだもの、開けなきゃ使えないよ。」
私たちが帰った後も、何人かの方は17時まで残って楽しく過ごしたようだと
仮設の会長さんから教えて頂きました。

また、支援の始まりの頃に出あいのあったペルー出身のGさんは、
2歳(当時は赤ちゃんだった)の男のお子さんを連れて参加されました。
このような集まりに来られるのは珍しい事ですと会長さんも喜んでおられました。
集会後は記念撮影をし、全員が手を繋いで輪になりお祈りをしました。

昨年の90世帯が今回は75世帯と転居が進んでおり、戸別訪問やお交わりの中では
復興住宅が決まったり、元の家を修復して帰ると言うお話を聞きました。
4月からは引っ越しされる方が出て世帯数も減っていくのでしょう。
転居後の暮らしも仮設での暮らしも神様がお守りくださるようにとお祈りしました。

万石浦仮設支援後は、近くの仮設に3月11日に石巻教会で予定している
“3.11祈りのとき ハープの調べとともに”のチラシ配布を行いました。
こちらの仮設も空き室が増えている様子でした。
石巻教会の礼拝に来ておられる I さんとお会いしてお話することが出来ました。
I さんは入居している仮設に沖縄の教会が支援に来ていて教会の方と親しくなり、
何回もクリスマス会のお手伝いもされたとの事です。
嬉しそうに「私は教会に行くのがとても楽しみなの。」と仰っていました。
色々な教会の働きが神様の愛をお届けして今があると思わされ感謝しました。

小さな者ですが、感謝や失敗を通して私たちが整えられて、
通り良き管としての役割を担わせて頂きたいと思いました。

善を行うのに、飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、
刈り取ることになります。   ガラテア6章9節

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〇2015年2月27日(第113回)
〇場所:石巻バイパス東仮設
〇奉仕者:8名(仙台教会7名 石巻教会1名)
〇奉仕内容:クラフト教室 「布バラのコサージュ」、聖書のお話し

時間内でコサージュ作りを終える事が出来、皆さん喜んで胸に飾っておられました。お休みの方の分も係りが作成し、後日、お渡しすることにしました、紙芝居による聖書のお話しは、皆さんが集中して聞いておられました。

その後、この仮設でのクラフト支援にあたってこられ、この度、米国に帰国が決まったロング宣教師ご夫妻への感謝の送別会が行われました。素朴で温かな交わりの会となりました。

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聖餐式も始まりました

石巻教会の礼拝も昨日で21回目となりました。
地元の方も少しずつ礼拝に集ってくださっています。

昨日は、聖餐式も持たれました。
「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。
わたしを覚えてこれを行ないなさい。」と言われた
イエス様の教えに加わる方が起こされていきますように。

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牧師コラム 「らしんばん」 2015年3月1日

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先週イエス様は歴史上の人物の中で最も「なぞ」の多い人であると話しました。
今日のマルコ4:41に<風や湖までが言うことをきくとは、
いったいこの方はどういう方なのだろう>とイエスのなぞの力に
大きな恐怖に包まれ互いに言い合っていた事が録されています。

山上の垂訓(マタイ5~7章)の教えから、イエスを道徳倫理の教師と見做し、
十字架上で「父よ。彼らをお赦しください」と言いながら息を引き取った姿から
自己犠牲の人物として評価する人もいます。
なぞめいたイエスの教えや行動に人は戸惑い続けてきたと言えるでしょう。

マルコ4章後半は、イエスは自然現象をコントロールしたことが描かれています。
嵐を静める力を弟子達の前で現したのです。

ヨハネの福音書は冒頭からそのなぞに光をあてます。
<初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた>

この方がイエス・キリストです。
マルコ福音書ではこのなぞが最後で解き明かされるのです。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年2月15日

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マルコ4章を読むと、17、8年前にガリラヤ湖畔に立ち、
流山教会の人達に聖書を話した光景が鮮やかに浮かんできます。
私の声がよく通り、遠く離れた人にも聞きとれたのです。
2千年前に、イエス様がここで大勢の人々に話された事を思うと
私の心が熱くなりました。
アジア大陸の西の果てから東の果ての国に生まれた者にも
イエス様の事が伝えられかと思うと感動で胸が一杯になりました。

2節には、イエス様はたとえによって多くの事を教えられたと
書いてあります。
たとえ話は直接的に話すよりも、もっと大きな効果をもっています。
たとえ話は聞く人の心のキャンパスに絵を描くようなものです。そ
の内容が印象深く聞く人の心に残ります。
心に残る話は、その人に考える余裕を与え、
余裕は人に気づきを与えます。
<おびただしい数の群集>にイエス様は、
ご自分の語る「ことば」の大切さを理解させる為、
<種を蒔く人が種まきに出かけた>と農夫の情景を話します。

道端、土の薄い岩地、茨の中、良い地に蒔かれました。
芽生え、育ち、実を結んだのは、良い地に蒔かれた種です。
私達の心はどの地でしょうか。
そしてどのようにすれば、私達は実を結ぶ「良い地」になれるのでしょうか。
考えてみて下さい。