牧師コラム 「らしんばん」2015年11月15日

IMG_8506  門谷 信愛希牧師(古川福音自由教会)

「聖書の内容を、原稿用紙3枚でまとめてください」。

今日の聖書の箇所は、まさしくこの問いに対する答えを
くれる箇所と言えるでしょう。
実に多くの事が書いてある聖書ですが、このルカ15章の物語こそ、
聖書が語るメッセージの中心を語っているのです。
それは、「父の家に帰還する子の物語」です。

聖書は、この世界は偶然の産物ではなく、創造者なる神がおられて、
意味と目的を持ってお造りになったと語ります(創世記1:1)。
当たり前のことですが、子は親から産まれます。
では、歴史をずっとさかのぼった最初の親は誰でしょうか。
その方こそ本当の父ではないでしょうか。

ところが人間は、この「本当の父」である神様を捨て、
自分の思う道を歩むようになりました。
聖書が言う「罪」とは、犯罪行為のことと言うよりもむしろ、
この「本当の父を捨てて自分中心に生きる」ということです。
その罪から救い出され、再び本当の父の家に還り、
そして迎え入れられること。それが聖書が言う「救い」なのです。
今日の物語はまさに、そのことを表しているのです。

ニュースレター2015年11月(Vol.17)

今年のカレンダーも残り1枚となりました。
来週は、アドベント(降誕節)1週目です。
石巻会堂でもクリスマスの準備を始めています。

一人でも多くの方に、イエス様の降誕の意味をお知らせし、
永遠の命の約束をお分かちしていきたいと思っています。

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牧師コラム 「らしんばん」 2015年11月8日

IMG_8506  栗原 延元牧師

ひとりの真面目な青年が道をゆくイエスに走り寄り、ひざまずいて尋ねます。

「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには
何をしたらよいでしょうか。」
(マルコ10:17)

これに対しイエスは彼に「なぜわたしを『尊い』と言うのですか。
尊い方は、神おひとりのほかには、だれもありません。」と応答し、
モーセの十戒の後半部分の人間関係の戒めを守るようにと話します。
すると彼は「私はそのようなことをみな、小さい時から守っております。」と
返事をします。

その青年をいつくしんで―原語では「愛して」―
イエスは「あなたには欠けたことが一つあります。」と言われ、
その欠けた一つの事をズバリ指摘して

「あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。
そうすれば天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい」
(マルコ10:21)と話します。

大変厳しい事を何故にイエスは語ったのでしょうか。
それは、いのちは財産には無いという事と、人は二人の主人に同時に
仕える事は出来ない(神に仕え、同時に富にも仕える)事を分からせるためでした。
いのちの源泉は神にあるのですから。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年11月1日

IMG_8506  栗原 延元牧師

今日の聖書の箇所(マルコ10:13-16)を読むと、何か心が「ホッ」とします。
イエス様の子どもたちへの温かい思いが私たちに伝わってきます。
<イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。>

事の次第はこうです。
イエス様の人気は高まり、子を持つ親たちは子どもたちのすこやかな成長を
願ってイエスの元に連れてきたのです。
しかし弟子たちは彼らを叱ったのです。
名のある大人たちなら弟子たちは叱らなかったでしょう。
しかし名の無い者、しかも大人から軽んじられている子どもたちですから、
大声を出して叱ったのかもしれません。

それをご覧になったイエスは、弟子たちに憤りを感じて
<子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。
神の国は、このような者たちのものです。>とハッキリ語るのです。
さらに<子どものように神の国を受け入れる者でなければ、
決してそこに、入ることはできません。>とキッパリと言い切るのです。

「子どものように」とは、素直に純粋にイエスを神として信頼することです。
イエスはそのような人をご自分の両手に抱きしめて祝福して下さるのです。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年10月25日

IMG_8506  栗原 延元牧師

今日は「結婚の奥義」と題してマルコ10章1~12節、エペソ5章22~23節、
創世記2章19~25節を学びます。
エペソ書からは、愛と尊敬が夫と妻の間に無くてはならないことが言われます。
夫は妻を愛し、妻は夫を敬うことが求められ、夫婦は一心同体を目指すのです。

創世記2章から女はヘブル語で「イシャ」と言い、それは男(イシュ)から
取られたからであることがわかります。
男(イシュ)から取られたのが女(イシャ)だというのです。
ここですでに、<男はその父母を離れ、妻と結び合い、
ふたりは一体となるのである>と宣言されているのです。
ヘブル語の語呂あわせの見事さで、夫と妻のあるべき姿が表現されています。

一心同体という夫と妻の結び合いは奥義と言われます。
奥義の中の奥義という意味合いから<この奥義は偉大です>(エペソ5:32)と
宣言しているのが聖書です。

それは何故かと言えば、<キリストと教会>を指し示しているからなのです。
一心同体を目標に夫と妻が愛と尊敬に歩む家庭には安らぎと明るさが充ちています。
その安らぎと明るさの中に子どもたちは成長していくのです。
神は教会を夫が妻を愛する如くに愛しているのです。

牧師コラム 「らしんばん」 2015年10月18日

IMG_8506  栗原 延元牧師

「クリスチャン」とは初代教会(アンテオケの町の信徒たち)に
集う人々につけられたあだ名です。
それには少々軽べつの意が含まれています。
何事にも関わらず、アンテオケの町の信徒たちは、
「キリストのおかげです」と言っていたからです。
彼らは、キリストの弟子として暮していたのです。

今日学びますマルコ9章38~50節には、
イエスの弟子たる者に対する教訓が語られています。
まず弟子は他の人に対しては寛大に、自己に対しては厳格に、
という内容です。
この姿勢は、言うに易しく行うに難しいことです。
人はみな、自分に甘く、他人に厳しくなるのです。
このようなところからなかなか抜けられないのです。

キリストの最初の12弟子たちもそうでした。
イエスが捕えられる直前まで、彼らは仲間内で、
誰が一番偉いかを論じていたのです。
まさしくこれは自分に甘く他人に厳しい評価を下すところから
生じる議論です。
このような彼らが、なぜ他の人のために人生を捧げることができるように
変わっていったのかは大いに興味あるところです。

そのように人を変えるのが、隠された奥義としての
神の知恵(イエス・キリスト)です

 

石巻福音自由教会 開設1周年記念特別礼拝

 kurihara_portraito  栗原 延元牧師

「きけや愛の言葉を、もろ国人らの」の朗々とした、力強く、
かつ情感に満ちた浅野洋介兄の賛美をもって一周年記念の礼拝が始まりました。

70名を超える人々が、あの仮設から、この仮設から、
そして仮設を出た人々も集まっています。
それらの人々に浅野兄の声量豊かな声によって
主イエスの愛のみわざが歌われているのです。
<イスラエルの賛美を住まいとしておられる>(詩篇22:3)方の臨在を
感じる礼拝です。

約4年半前の3月11日(金)大震災と大津波にみまわれたこの石巻市。
自然の圧倒的な力の前に、被造物である人間は、
否応なしにその被害を受け入れざるを得ませんでした。
天地は崩壊するであろう。しかし我が言葉は、決して力を失わないと
宣言される主イエスの言葉は、崩れゆく自然の前に大盾の如くに
主イエスに信頼する者の信頼を守り強めてゆくのです。
我らキリストにある者の歌声をかき消すものは無いのです。

黒人霊歌の「深い川を越えて」の歌詞が心に浸みてきます。
「ふかい河を越えて、さあ行こうよ。懐かしい心の古里さして、
めぐみの主の救いと平和を、友よ。さあうけようよ。」と
魂の奥にひびく、賛美の調べが新しくきれいな会堂一杯に歌われています。

テノール歌手 浅野洋介兄の四年に及ぶドイツ留学の成果が、
この歌声によく表現されていたようです。
絶望の苦悩、見えざる出口を捜し続ける黒人の煩悩が
聞く人々に伝わっているように思いました。

ここに集った人々は、あの津波によって家を失い、家族を亡くし、
仮設暮らしが5年近くにもなろうとして、今なお、明日の暮らしを
どう立て直していくのかの見当がつかない人々が大勢です。
そのような人々に、私は、ルカ伝から「どうしても必要なもの」と題して、
主イエス様のみことばを語りました。
人に起因し、人の口から語られる言葉は、たとえ、その人の背後に
国家があろうと、大企業がいようと、むなしいものです。
しかし、我らの主イエスは大いなる神です。
歴史の中に活きて働いておられる方です。
そのお方に「あなたは神です」と全的に信頼できるとは何という恵みでしょう。

この礼拝は、主の祈りによって閉じました。
「天にいますわが主よ。み名をあがめさせたまえ。み国を来たらせたまえ」と。
まさにこの日本に、東北、宮城の地の石巻の地にみ国を来たらせたまえと、
この礼拝に集った者の心が、ひとつ祈りのことばになって閉じられた
集いでありました。

集いの後には、森本馥姉の指導のもとに抹茶が振る舞われました。
甘い茶菓子、京都から駆けつけてくださったT夫妻の生八つ橋を
味わいながらの茶席での交わりでした。
伴奏の土川ゆかり姉のピアノの澄んだ音色は、ここで奉仕して下さる
兄姉の内面の美しさを集約しているようでした。

石巻教会の礼拝は第2周年目に入ります。
徐々にですが、礼拝に加わる人が増し加わり、集う人々の信仰が強められ、
賛美歌529
「ああうれし わが身も 主のものとなりけり。
うき世だにさながらあまつ世のここちす。」
がこのところから、響きわたることを願いつつ筆を置きます。

諸教会のお祈りとご協力に感謝しつつ。主にありて

2015年10月15日 バイパス東仮設支援(第129回)

○日時:2015年10月15日
○場所:バイパス東仮設
○参加者:10名
○奉仕者:仙台教会5名
○奉仕内容:クラフト(スモックの手提げ袋)

コスモスの揺れる秋晴れの中、車を走らせて、
石巻稲井のバイパス仮設に着きました。
仮設の前の広い畑は大豆畑だそうで、
すっかり色づいて刈り入れるばかりになっていました。

皆さん、先月宿題となっていたスモックをきれいに
仕上げて来てくださいました。
教室のない日も、集会所に集まってお互いに教えあって
進めてくださっているようでした。
洋裁の上手なTさんは、着物の生地でオリジナルの手提げを
縫い上げて持ってきてくださいました。
一面にビーズが、縫い付けてある見事な作品でした。

今回はスモックの真ん中に、ビーズを縫い付ける作業です。
たくさんのビーズを縫い付けるので、これも宿題となりました。
明日も集まろうと声をかけあっておられました。

忙しく手を動かしながら、
「仮設から引っ越したら、こんな風には集まれないわね・・・」と
寂しい思いを打ち明けていましたが、
みんな口には出さなくても同じ思いのようでした。
石巻教会がこの方々にとって、集まる場所になってほしいと強く思いました。

最後に唱歌、もみじ、里の秋、赤とんぼ、主 我をあいすを声を合わせて歌いました。
そして、神様の計り知れない十字架の愛についてお話させていただきました。
お一人、お一人の上に神様の愛がとどまり、信じる心があたえられますように。
今日の支援活動も、神様の恵みの中、守られて歩めたことを心から感謝致します。

「神は、実にそのひとり子をおあたえになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)      (吉田真知子)

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2015年9月30日 万石浦仮設住宅支援(第128回)

○日時:2015年9月30日
○場所:万石浦仮設住宅
○参加者:21人
○奉仕者:仙台教会7人、
大阪クリスチャンセンター祈りと支援の旅ツアー参加者の皆さん14人

いつもは、木曜日支援活動をしていますが、
今回は、大阪から特別なゲストをお迎えできたので、
水曜日の訪問となりました。

2011年以降、毎年被災地を訪れ(今年で5回目)、
被災地の各教会や施設を訪問し、交わりと祈りを
捧げてくださっている関西地区の兄姉の皆さんです。

5年連続で参加してくださっている方もおられるそうで、
復興工事の進む現地を、2011年の震災直後と比較して、
目を丸くしておられました。

今年初めて参加された方の中に、落語を得意とされる方が
おられるとのことで、一席設けさせていただきました。

大川亭栄華氏(豊中第一復興教会 本名:朴栄子)
祝福亭一麦氏(活けるキリスト一麦西宮教会 本名:坂口将人)

お2人とも、実は「牧師」です。

難しい聖書の話を分かりやすく伝えたいと、
随所に笑いを盛り込んで「ザアカイ」や「ヨナ」の
物語を話してくださいました。

仮設を辞した後は、関西の皆さんに、石巻会堂に
寄っていただき、震災後の様子や、会堂建築、1年間の活動に
ついて、栗原師に話してもらいました。

関西の皆さんは、この後、南三陸、気仙沼を訪問されるとのこと。
こうして各地からの応援を受けて、私たちも活動ができることを
感謝します。 (伊東綾)

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2015年9月25日 垂水仮設住宅支援(第127回)

○日時:2015年9月27日
○場所:垂水仮設と北部第3仮設
○参加者:7人
○奉仕者:6名(仙台教会)
○奉仕内容:ちぎり絵と個別訪問。
個配キット配布(トラクト、カップ麺、ティッシュ、ジェル)

垂水仮設には6ケ月ぶりに訪問しました。入居者数は1/3に減っています。
垂水仮設は24のうち8部屋
北部第3仮設は12のうち4部屋が残って住まわれています。

復興住宅に入居された方、仮設の近くに家を建てられた方。
そして現在残っている方々も、来年末までには引っ越されるそうですが、
まだ何も予定が決まっていない方も中にはおられるようです。

寂しくなった仮設の中で寄り添うように3~4人談話室で
お茶会を続けているとのことです。
帰り際に、Kさんは仮設の近くにやっと家を建てたけれど、
家に閉じこもり何も手につかない状態で「また来てほしい。」と
私の手を握った手は震えていました。
Kさんの思いを神様にそのままの状態ですがってほしいと強く思いました。

今回も皆さんに「あなたをささえる聖書のことば」書写を通して
御ことばが導かれました。
日々の生活の中に御ことばの書写が用いられますように切に願っています。
支援後に万石浦仮設のOさん宅に寄って、トラクト、お米や食料品をお届けできて
良かったです。

人はパンだけで生きるのではない。人は主の口から出るすべてのもので生きる。
【申命記8:3】

これからの支援活動の為、また石巻教会が地域の方の心の拠り所として
用いられるようお祈りを宜しくお願い致します。      (深澤まり子)

<石巻垂水仮設支援に参加して>
9月25日(金) 天気予報の雨を心配して早朝目覚めましたが、
曇り空ではあったが傘をさすこともない一日。
垂水仮設の方7人、そして我々6人。
楽しい時間を過ごすことが出来て、心から神様のお守りを覚え感謝でした。

垂水仮設には6ヶ月振りで行きましたが、皆様から
「忘れられていなかったのね。うれしいです。」とのお声を聞き、
こちらの方こそ「うれしいです。」とつい言っちゃう程の和やかな一時でした。
かえって逆に私達が励まされたような気がしたほどでした。

皆で季節の物を題材にちぎり絵のハガキを作りました。
それぞれ個性を発揮され素晴らしい出来栄えで、皆満足の御様子でした。

その後、真知子先生からの楽しく分かり易いメッセージを聞き、
懐かしい唱歌など歌い、童心に返り昔の思い出等を語り合い、
そして楽しい昼食の時を持ち、皆が笑顔で過ごすことの出来た一時、
何と祝福された良き時間であったことかと
帰宅後つくづく思わせられた一日でした。  (末村照子)

人を潤す者は、自分も潤される【箴言11:25】

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