今日のメッセージ 『神の教えは私たちをキリストに導く』 2026年5月31日

 牧師 高橋勝義

〔申命記5章1~21節〕

 すでにモーセは、シナイ山の麓で神の掟と定め(十戒)を語っていますが(出エジプト20)、ここで繰り返すのは、聞かせる対象者が違うからです。エジプトから救い出された民は、不信仰により荒野ですべて亡くなっていました。「主はこの契約を私たちの先祖と結ばれたのではなく、今日ここに生きている私たち一人ひとりと結ばれたのである」と言っているように、モーセは新しい世代に神の掟と定めを語って聞かせたのです。たとえ、契約を結ぶ相手が違っていても、神の掟と定めは変わらず、また、民が破ったとしても、神は決して破ることはないのです。ですから、モーセはこの掟と定めを学び、守り行うように命じたのです。

 では、この神の掟と定めは、今の私たちにとって、どのような意味があるのでしょうか。

 パウロは、「律法は私たちをキリストに導く養育係となりました。それは、私たちが信仰によって義と認められるためです。(ガラテヤ3:24)」と語っています。神の掟と定めを破るとき、私たちの中には罪の自覚が生じ、同時にその罪の解決は、自分の力ではできないことを知ります。そして、この私の罪ために、キリストが身代わりとなって、十字架で死なれたことが指し示されるのです。まさに、律法は私たちをキリストに導く養育係なのです。

 「私たちが信仰によって義と認められるためである」とあるように、神は、私たちの行いによるのではなく、キリストを罪からの救い主と信じる信仰によって、私たちを救いへと導いてくださるのです。 「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物(プレゼント)です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。(エペソ2:8,9)」とあるとおりです。