牧師 高橋勝義 |
〔申命記9章1~29節〕
モーセは、これから渡っていくヨルダン川の向こうの国々は強い国々であると語り、続けて「あなたの神、主ご自身が、焼き尽くす火としてあなたの前を進み、彼らを根絶やしにされる。主があなたの前で彼らを征服される。」とイスラエルを励ましました。それは、主が父祖アブラハム、イサク、ヤコブになさった誓いを果たすためでした。
しかし、その彼らは主の命令に逆らい、主を信頼せず、その御声に聞き従わない“うなじを固くする民”でした。それでも主は彼らを助け続けたのです。ですから、「私が正しいから、主が私をこの地に導き入れ、所有させてくださったのだ」と傲慢にならないようにと警告し、自分たちは、神の力強い、偉大な御手によってエジプトから導き出された民であることを自覚して歩むようにと促したのです。モーセの荒野での40年は、彼らの不信仰を自分のいのちをかけて、主にとりなす歩み、祈りの歩みでした。
信仰の歩みは山あり谷あり、様々な出来事に遭遇します。イエス様も最後の晩餐で、「シモン、シモン。見なさい。サタンがあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って、聞き届けられました。しかし、わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。(ルカ22:31)」と語られたように、私たちも苦しみから立ち上がることができたならば、他の人のためにとりなし祈ることを、主は願っておられるのです。
「よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです(ローマ8:34)」
牧師 高橋勝義