4月初旬に咲き始めた桜もそろそろ緑の葉が
芽吹き始めています。
毎週の礼拝には、地元の方も出席していますが、
ゲストも足を運んでくださっています。
4月12日の礼拝には、石巻の働きが始まってから
応援してくださっている米国在住のS夫妻が集って
くださいました。
栗原 延元牧師 |
イエス・キリストの郷里はナザレです。
ナザレの会堂でイエスの教えを聞いた多くの人々は驚いて
「この人は、こういうことをどこから得たのでしょう。
この人に与えられた知恵や、この人の手で行われる
このような力あるわざは、いったい何でしょう。」と言います。(マルコ6:2)
イエスの教えや行いは普通の人のものではありません。
ですからマルコの福音書を読み進みますと
「いったいこの方はどういう方なのだろう」という問いかけが出てきます。
「福音書は読者にイエスの姿をありのまま、
見つめる事によりイエスに宿る真理に透徹した洞察を
呼び起こそうとしているのです。」(奥村修武氏)
洞察する力を信仰と呼びますが、郷里ナザレの多くの人々は
イエスの教えと行いについて深く考えようとはせず結論を出してしまいます。
「この人は大工ではないか」と。
どうして神の子であろうかとイエスにつまずいたのです。
イエスにつまずいたのは郷里ナザレの人たちだけではありません。
イエスの12弟子の皆がつまずいたのです。
イエスの逮捕を前に弟子たちは散りぢりに
逃げてしまったのですから。
イエスの十字架の死と復活につまずかない者は幸いです。
私たちの罪のために十字架で死なれた
主イエス。
全てが終わってしまったと思い、絶望にくれたで
あろう弟子たち。
けれども、3日目に、手に釘の跡、脇腹に槍跡を
残したままで、ご自身を現されたイエス様。
驚きと戸惑いを感じた弟子の姿は想像に難くありません。
そんな弟子たちに「平安があなたがたにあるように。」と
イエス様は優しく声をかけられます。
弟子たちの喜びはどれほどだったでしょう。
このようにして、復活後 三度イエス様は弟子たちの前に
ご自分の姿を現されます。
3度目は、テベリヤ湖(ガリラヤ湖)で、ペテロを含め
7人の弟子たちが漁をしていた時です。
一晩中網を打っていても一匹の魚も獲ることができなかった彼ら。
明け方、一人の人物(弟子たちは、それがイエス様であるとは気づきません)が
岸辺から「船の右側に網をおろしなさい。」と言われ、
その通りにすると、おびただしい数の魚が網にかかっていました。
それでやっとその人物がイエス様であると気付く弟子たち。
船を陸地に寄せると、そこにはすでに、火が起こしてあり、
焼けた魚とパンが用意されていました。
(イエス様が準備してくださったのでしょうね。 (^○^))
愛する弟子たちと共に食事をするイエス様。
死んだと思っていた師が、よみがえり、目の前で
自分たちのために食事を整えてくださっている光景。
絶望の淵から希望へと移される瞬間です。
そんなイエス様と弟子達の楽しい食事を覚えて、
イースターランチと称し、栗原牧師特製のサンマの燻製と共に、
皆さんと昼食を楽しみました。


【テベリヤ湖畔での出来事を話す栗原師】 【金色に輝くサンマで皆さん 笑顔に】
その後は、ゆったりとお抹茶と桜饅頭を頂き、
ミニコンサートを楽しんでいただきました。


【夫婦ユニット「クレール」お二人によるピアノとクラリネットの演奏】
イエス様の復活を見た弟子たちの絶望が希望へと
変わったように、石巻の地が希望の地になるように、
私たちは小さくても働きを進めていこうと思います。
イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。
「平安があなたがたにあるように。」【ヨハネ20:19】
栗原 延元牧師 |
ガリラヤ湖で、よく取れる魚を“ペテロの魚”(ピーターズ・フィッシュ)と言います。
形はヘラ鮒と似ていますが、ヘラ鮒ではありません。スズメダイの一種です。
福音書には魚がたびたび登場します。
イエスのことば通りに網をおろしてみると大漁であったこと(ルカ5:1-11)。
5つのパンと2匹の魚がイエスの祝福のことばによって5千人以上の人を
養ったこと(マルコ6:30-44)。
湖に行って最初に連れた魚の口に銅貨があるから、
それを取って税を払いなさい(マタイ17:24-27)などです。
漁師以上に魚のことをよくご存じのイエス・キリストです。
<イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を>(ヨハネ20:9)
弟子たちは信じることができませんでした。
この弟子たちに、よみがえりを信じてもらうために、
イエスは涙ぐましい努力をします。
衣を脱いで、腹の槍の傷跡を弟子たちに触らせたり、
焼き魚を弟子たちの目の前で食べたりして、
イエスはご自身がよみがえったことを現したのです。
イエスのよみがえりは歴史上の事実です。
この事を人が黙るならば、あの石(ルカ19:40)と同じように魚が語るでしょう。
「まさしく主イエスはよみがえられた」と。
栗原 延元 牧師 |
来週の日曜日は、イエス・キリストの復活をお祝いする日(イースター・サンデー)です。
その一週間前の日曜日をパーム(しゅろの木)・サンデーと呼びます。
人々がしゅろの木の枝を取って道に敷き、イエスのエルサレム入城を歓迎したのです。
この時、イエスは柔和なロバの子に乗ります。
しかもこのロバの子にはまだ誰も乗ったことがありません。
これは聖いご用に使われたことを意味します。
弟子たちは、このロバの子の上に自分たちの上着を掛け、尊敬のしるしとします。
まさに「しゅろの日曜日」のイエス様のエルサレム入城は、
救い主(キリスト)としてご自分を現わされたのです。
前を行く人も、後に従う者も「ホサナ!ホサナ!(栄光あれ、祝福あれ)」と叫んで、
エルサレムの宮に着いたのです。
群集の喜びの叫びが騒音に感じたのでしょう。
パリサイ人(イエスの人気をねたむ人々)のある者が、
イエスに「先生。お弟子たちをしかってください。」と言った時、
イエスは答えて言われました。
「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」
(ルカ19:39〜40)
新しい賛美の民の集う所が、キリスト教会なのです。
今年度最後のしゅろの日曜日、礼拝後には2年間にわたって奉仕してくださった
寺村さんご夫妻の歓送会が持たれました。
新婚のお二人が、主にあって喜んで石巻に来てくださり、
いつも優しい笑顔をたたえて一心に労してくださったことによって、
私たちはどれだけ励まされ、助けられたことでしょう。
お二人の存在がなければ、石巻開拓の今日は無かったと言えます。
はるばる京都の地からお二人をお遣わしくださった主の御名を崇めるとともに、
お二人との出会い、また2年間のお働きに、あらためて感謝いっぱいのときとなりました。
「歓送会」なのに、集まったみなさん。
「またいつでも帰っておいで!」 「待ってますよ!」と口々に。
しまいにはお二人も「また来ます」と笑顔で言ってくださり、
主にある交わりは今後ますます深まりそうです。
お二人の前途を、主がなお豊かに祝福してくださいますように!
栗原延元 牧師 |
マルコの福音書は、イエス様のお弟子マルコが
書き表わしたイエス様の教えと行ないです。
始めから読み進んでいきますと、
「いったい、この方はどういう方なのだろう」(マルコ4:41)
との思いが起こってきます。
その思いがひとつの頂点に達するのが今日の聖書の箇所(マルコ5:35~43)です。
イエス様は、会堂管理者ヤイロの家に行き、
亡くなったヤイロの娘の手を取って
「タリタ、クミ(少女よ。あなたに言う。起きなさい)」と言って、
死者を生き返らせました。
この奇蹟は、死を打ち砕く力をイエスはお持ちであることを
現わしているのです。
しかし、イエスは、このことを誰にも知らせるなと、
ヤイロ夫妻と弟子のペテロ、ヤコブ、ヨハネに命じました。
イエス・キリストは死を克服されるお方であることを、
墓に葬られたラザロを生き返らせる奇蹟の中に顕わされました。
そして、イエスは語られたのです。
「わたしは、よみがえりです。いのちです。
わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。
このことを信じますか。」
(ヨハネ11:25-26)
これが新約聖書のメッセージの中心です。
栗原延元牧師 |
今日は12年間、出血で病んでいた婦人が
イエス・キリストによっていやされた記事を学びます。
この人は多くの医者からひどい目に会わされて、
自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、
何のかいもなく、かえって悪くなる一方でした(マルコ5:26)。
病気の回復をあきらめても仕方のない状態でしたが、
この人は、イエスのことを耳にして、
「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えて、
イエスの着物にさわるとすぐに血の源がかれて、
ひどい痛みが直ったのです。
この婦人はイエスのもとに来ていやされました。
「人は自分の病気を自覚した段階で病人となります。
しかし医者の前に現れるまでは、いわゆる患者ではありません。」(奥村修武氏)
病気が直るには患者(わずらい悩んでいる)として医者に診てもらわなければなりません。
丈夫な人は医者を必要としないとはイエスのことばです。
クリスチャンとは、イエスを必要としている人です。
義人(人間らしい人)は信仰によって生きるのです。
この婦人はイエスをキリスト(救い主)と信じて病が直り、救われたのです。
栗原 延元牧師 |
イエスのひとことばで嵐が静まった一行は、
ガリラヤ湖の向こう側のゲラサ人の地方に着きます。
今はケルサと呼ばれている町であったようです。
この町に悪霊につかれている男がいました。
この男は<長い間着物も着けず>とありますから自虐性があり
<家には住まず墓地に住んでいた>ところから非社交性を有し、
<私を苦しめないで>と言ったり、<鎖や足かせを断ち切ったり>
していたことから人格が混濁し、あるいは分裂していた。
酒の飲み過ぎで狂人になったか、あるいは何かの精神緊張の
過重さのあまりではないかと推測しています(榊原康夫氏)。
この男の状態は躁うつ病の躁状態の時と非常によく似ていると
言う人もいます(ジョンソン氏)。
この男には多くの悪霊が入っていました。
この大ぜいの悪霊をイエスはこの人から追放しました。
追放された悪霊どもは近くに飼ってあった豚に入り、
豚の群れは崖を駆け下り、湖に入って溺れ死にました。
現代はなんと狂気が若き者も老いた人をも支配し、
痛ましい事件が日本のいたる地域で起こっていることでしょうか。
イエスにいやされて正気に返ったこの男は、
家族のもとに帰って神の大きな救いのみわざを伝えたのです。