2012年1月26日 「渡波第四仮設・垂水団地支援活動」

先日の木曜日の石巻の被災地支援では、夫婦2人で参加させていただき、大変お世話になりました。特に私は車の運転を担当させていただきましたが、さいわい当日の天候も守られ雪道にもならず、無事に終わってほっとしたところです。

私どもは震災後はじめて被災地に入りましたが、震災後10カ月が過ぎ随分片づけられてはいたものの、やはりTVやマスコミ報道で見るのと、実際に現地を訪問するのとでは全然違うものだと痛感しました。

仮設住宅の方々から、「津波時に2階の押入れの天袋で10日間過ごし救出された方」の話や、「ご近所で津波で流された方のことを思うと今でも夜眠れず、24時間TVをつけています」といったお話しをうかがいますと、被災された方々の想像を絶するご経験とご苦労にあらためて心が痛み、言葉もありません。しかし、そうしたなかでも、仮設住宅の集会室には多くの被災者の方々が集ってくださり、衣類等の支援物資の配布やお汁粉等をいただきながら、心を開いていろいろな話をしてくださったり、ともに賛美歌を歌うなど、いい交わりが持てたことに神様の不思議なみわざを感じました。特に、当日集会室を訪問した際、事前に場所の準備をして下さったり、最後まで手を振って見送って下さった熱心な方たちが何人かおり、私は仙台教会の関係者の方かとずっと思っていたのですが、今日はじめて出会った仮設住宅の方であることを後で聞き、はじめて教会が訪問したのに多くの方が心から受け入れて下さっていることに驚き、感謝を覚えました。近所の住宅に支援物資を届けた際、「キリスト教会さんには今回大変お世話になっています。」「(初対面の方に)あなたこの前も来ていただいて感謝です。」と随所で声をかけられました。また、何と言っても仙台教会の方々が、この支援を神様からの召しととらえ、被災者の方に寄り添いたい、悲しみを分かち合いたいとの思いをもってご奉仕にあたられている姿には感銘を受けた次第です。

しかし、それにしても… 女川や石巻の魚市場近辺の惨状は、目を覆うばかりで、言葉もありませんでした。実は私は金融機関に勤務して30年余になりますが、最初の赴任地が仙台で、石巻や女川の漁業・水産加工業関係を担当していたこともあり、当時の石巻や女川のにぎわいや港の様子をよく覚えております。女川は天然の良港に恵まれ、サンマ漁などで大変なにぎわいを見せておりましたし、石巻には水産加工団地があり、練製品やタラコ関係の水産加工場に多くの女工さんたちが集い、切り身やフィレーの加工に腕をふるっておりました。それが今は荒涼たるがれきの山であり、現実とはとても思えないような情景が眼前に展開しております。かつてのにぎわいをよく知っている地元の皆様は、この現実の情景を見るたびにどんなにか心が折れるでしょうし、「復興」と口では言っても本当に容易ではないことを痛感いたします。

被災者の方々の悲しみが消えるのは容易なことではないと思いますが、「悲しむ者はさいわいです。その人たちはなぐさめられるからです。」との言葉が早く実現するよう、お祈りさせていただきます。仮設住宅から帰る際に、1人の被災者のご婦人の方が、「いまだにショックで呆然としているが、皆さんからこれだけ優しさや親切をいただいたのだから、少しずつでも前を向いていかないとね。最近食事をつくるボランティアをはじめました。」と言って下さったのが印象的でした。

震災後10カ月が過ぎ、被災地支援のあり方も、少しずつ変化が必要な時期にきているようであり、いろいろ課題もあるようです。私たちも、自分たちにできることは限られているとは思いますが、細く長く、何らかの支援を続けていきたいと思っております。特に、石巻に伝道するための拠点ができればどんなに素晴らしいだろうかと思いました。

[浦和福音自由教会 黒羽 徹・真由美さん]


今回私は初めて仮設住宅を訪問させていただきました。1月26日朝、仙台福音自由教会を出発し、11時ごろ会場となる渡波第4仮設住宅に到着しました。そして渡波第4仮設住宅を訪問するチームと、20~30m離れた場所にある垂水団地を訪問するチームに分かれて各お宅を訪問しました。2ヶ所併せて38世帯の小規模な仮設住宅です。

戸別訪問時には仙台福音自由教会の皆さんが心を込めて作ってくださった戸別訪問用の食料や生活必需品のパッケージとお米をお渡ししました。私たちが訪問したお宅はほぼご在宅で、皆さんにパッケージとお米を喜んで受け取っていただきました。そのうち、何人かのおばあちゃんたちとお話ができました。

すると、やはり仮設住宅は寒いということと、普段は隣近所で会話をすることがないということを伺いました。仮設住宅のある場所は交通のアクセスが悪く、来る途中にお店も見当たりませんでした。そのような寂しい場所で、震災の記憶と共に日常を過ごすことはとても辛いことだと思います。またそれだけではなく、住人の方にとっては仮設住宅の閉鎖期限のことや雇用問題など将来の不安も大きいはずです。その上、周りの方たちとのつながりがなければさらに孤立してしまうと感じました。

戸別訪問とほぼ平行して、渡波第4仮設住宅の集会所では衣類等の支援物資の配給とお汁粉の炊き出しが行われました。事前にチラシも配られていたそうですが、戸別訪問した際にも声をかけたところ、数名の方たちが参加してくださいました。

短い時間でしたが、お汁粉をいただきながら皆さんのお話を伺い、一緒に動揺や賛美歌を歌い、最後に真知子先生がお祈りをささげてこの日の訪問を終えました。仮設住宅に住む皆さんが落ち着いて安心して暮らせる日が1日でも早く訪れることを祈るばかりです。

[東京武蔵野福音自由教会 松原 泉さん]

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2012年1月12日 石巻渡波北部第一団地、第四団地支援活動 (第28回)

奉仕者:8名

前日は、仙台でも、かなりの量の雪が降りましたが、当日は、すっかりやんで、石巻への主要な道路の雪は大方溶けていました。神様の守りを心から感謝致します。

今回も小規模の仮設を訪問しました。

食品を中心とした個配袋を配りながら、談話室へ来てくださるようにお勧めしました。談話室は、八畳くらいの広さでしたが、半分に衣類を並べ、もう半分にテーブルを置いて、お汁粉をお出ししました。

第四団地の方々は、ほとんどお留守でしたが、第一団地や近所の一戸建ての方々が、衣類を見に集まってくださいました。残ってくださったご婦人の方々とお汁粉をいただきながら、しばし歓談しました。石巻出身の姉妹が中心となって話をしてくださったので、初対面でも、皆さん、心を開いてなごやかに、おしゃべりを楽しんでくださったように思いました。最後にじゃんけんゲームで、各地から送られてきた物資の中から、電子レンジの調理器や調味料、食品を差し上げ、お祈りをして交わりの時を閉じました。

家も家財も何もかも一瞬のうちに無くされた方々ですが、助け合って、前向きに歩んでおられる姿が印象的でした。

帰りは、自ら被災されながらボランティアに励んでおられる方を訪問してお話を伺うチームと、個人宅に物資をお届けするチームと二手に分かれて奉仕を終えました。

教会に帰ると、S姉が色とりどりの魚の形をしたアクリルタワシを見せてくださいました。牡鹿半島の仮設の方々(中心となっているのはクリスチャンの方)が、復興のためにと編んで販売しているそうです。魚はイエス様をあらわしているので、多くの方々に紹介して主の恵みを広く分かち合っていきたいと思わされました。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」聖書

[吉田真知子・記]

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2011年12月23日 「石巻クリスマス会 in 渡波T酒店」

(※この記事は、1/11, 13, 14に新しい感想文を追加しました)

今回はクリスマスの時期ということで、いつもお世話になっているT酒店様に再度お願いし、お店を貸して頂いて「石巻クリスマス会」として、教会全体で行うことに致しました。以下の7つのプログラムを企画しました。(1)冬物衣料・お正月用お餅配布、(2)お汁粉炊き出し、(3)渡波周辺地区個別訪問、(4)仮設渡波北部第二団地物資配布、(5)くじ引き大会、(6)クリスマスボックスプレゼント、(7)クリスマスキャロリングとメッセージ、です。

当日の奉仕者は60人と、これまでで最大規模となりました。特に今回は東京武蔵野福音自由教会(MCC)から9名の方が車と電車で、また名古屋西福音自由教会から5名の方々がはるばるバスを運転して応援に駆けつけ、事前準備から助けて下さいました。また、クリスマスボックスは全国の福音自由教会の方々が、心を込めてラッピングをし、メッセージカードを書いて下さり、段ボール数十箱分をお寄せ下さいました。この場を借りて御礼致します。・・・そのようにして送られたプレゼントを、靴箱大のボックスに納めた「クリスマスボックス」を200個作りましたが、その最終チェックと梱包作業の風景を、記事下部のギャラリーでご覧になることが出来ます。(左上の「i」をクリックすると説明文が出ます)

今回はまた年越しが近づいているということもあり、お正月用のお餅とあんこをセットにして200個作成し、被災者の方々に配布させて頂きました。このために東海聖書神学塾のモニカ・ブレッテル宣教師を通して与えられた支援を用いさせて頂きました。こちらも、厚く御礼申し上げます。

実際の活動ですが、(1)~(4)については、4つのチームに分かれて、1~2時間程度で同時並行に行いました。割り当てとしては、(1)と(2)を当教会メンバー中心に、(3)をMCCのメンバー中心に、(4)を名古屋西教会のメンバー中心に、それぞれお願いしました。 各チームの活動がほぼ収束した後、全体で合同してクリスマスソングを3曲歌い、当教会の吉田耕三牧師が3分メッセージを語らせて頂き、その後にクリスマスボックスをお渡ししてお開き、という流れで行われました。

この場所では既に幾度か活動させて頂いているせいか、地元の皆様も約170人と、とても多くの方々が集って下さいました。当日はあいにく風速10mに達するような強い北風が吹いていましたが、忍耐強く列を作って待っていて下さったことには、頭が下がる思いでした。

今回も、教会近くのトヨタレンタカー様からトラックをレンタルしましたが、支援活動ということでご配慮下さいました。感謝致します。

以下は、実際に奉仕をさせて頂いたメンバーからの感想になります。


渡波町にあるT酒店様を拠点とした23日のクリスマス会に、今回初めて東京から同じ教会、同じ職場のメンバーで参加させて頂きました。 折しも大寒波が訪れたこの日は凍えるほどの北風が吹き荒れ、東北に来た実感が湧くと同時に東北で生活される皆様がこの寒さと毎日闘っていることを思い知らされました。

数ある活動の中から、私は戸別訪問を担当させて頂きました。お正月を越せるようにとお餅とお汁粉のセットと、クリスマスプレゼントを3人1チームの編成で 携えて渡波町のお宅を一軒ずつ訪問しました。 訪問する中で驚いたのは、どなたも見ず知らずの私達に対して親切にして下さったことです。東京の新興住宅地で生まれ育った私は、初対面の訪問者に対して警戒心を持ってしまう癖があり、今回私が逆の立場だったら恐る恐るボランティアの人達に接していたと思います。皆さん、人を自然に信じることが出来るんだな あとこの土地の懐の深さを感じました。

あるお宅は、 お茶やお菓子をご馳走して下さって、震災当時のお話 を沢山して下さいました。皆さん言葉に尽くしがたい辛い経験をされているのに、どうして見ず知らずの私達にこんなに優しくして下さるのだろうと目の覚めるような思いでした。何度も「若い人はこれからだよ」 と仰っていて、自分がこれから出来ることを問われま した。お話される途中涙ぐむ方もいらして、今日に至るまでどれだけ多くの人の涙がこの土地に染み込んできたのだろう…と考えました。

戸別訪問を終えて、皆でクリスマスキャロルを歌いま した。凍てつく空気の中皆さん耳を傾けてくださって ありがたかったです。 又、お菓子教室に通っている同僚の提案で、クッキーを160枚程準備し、それぞれに手書きのメッセージカードを付けて配ることもできました。石巻には来られな かった沢山の人たちも東京でこの準備に関ってくれました。 仙台福音自由教会の皆様の段取り力の素晴らしさにも驚嘆しました。日頃から丁寧に準備されているのが至る所で感じられました。大人数で泊まらせていただき 本当にありがとうございました。又教会のメンバーや同僚と一緒に訪問させて頂きたいです。

(東京武蔵野福音自由教会 福田桃子さん)


初めての参加でした。私は戸別訪問を担当しました。前日香港から来日したばかりのSさんと一緒に、お正月準備のおもちとあんこ、小さなクリスマスプレゼントを届けることになりました。とても緊張しました。自分たちの訪問の目的を忘れてしまいそうになるほど、拒絶されたらどうしようという不安ばかりが心の中にありました。でも、一軒目から、「どうもありがとう。うれしい。」という感謝の言葉をいただき、一瞬で不安はなくなり、自分の方がいやされてしまったことに情けなくなりました。プレゼントはあと4つ。精一杯大切に神様の愛を届けなくては、と祈り直しました。三件目のお宅に行くと、おばあさんが「ありがとう。ありがとう。」と、とても喜んでくれました。「寒いでしょう。」と私のコートのフードをかぶせてくれて、玄関の中に入れてくれました。「物資配布とかあるけれども、こんなふうに家まで来てくれたのは初めて。」と、涙を流して喜んでくれました。私が「こちらは夕べ香港から来たんです。」と紹介すると、奥からご主人を呼んでくれ、二人でお話を聞かせてくれました。

自分たちの家は津波の被害はなかったこと、でも地震で大変な思いはした。けれども、津波の被害がないため自分たちには何も援助がないこと、不平等を感じていること。今まで一度もお家に来てくれた人がいなかったこと。私たちの訪問がどれほどうれしいか、ということ。

お話をしてくれている間、私のフードが脱げるたび(フードをしたままお話を聞いては失礼じゃないかと取っていた)、おばあさんは、「寒いからちゃんとかぶらなきゃ。」と何度もかぶせてくれました。優しい笑顔でした。温かい涙でした。

外から見ただけでは、その苦しみはわからないと思いました。悲しみや苦しみは、比べるものではないし、隣に大きな苦しみを抱えている人がいる人ほど、自分の苦しみを我慢してつらい思いをしているのかもしれない。一人ひとりが持つ心の痛みは、誰もわかってあげることはできないけれど、神様は全てご存じだから、今回私たちをこのご夫婦のもとへ送ってくれたのだと感じました。

(仙台福音自由教会 菅野麻里さん)


12月23日の石巻クリスマス会に参加してきました。私は、特に、流山教会がとりまとめ役となって送って下さった関東東地区教会などの支援金で、もち米1kgとチキンナゲット5個入りのパック、単3電池10本入り、手製のクリスマスカードを、クリスマスの飾りが印刷してあるビニール袋のパックにして120個用意し、また、岩手県金ケ崎から、有機農業をやっている村井兄が、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎをそれぞれ袋詰めにして持参したものを、私の小型車に詰めこんで出かけました。当日は、寒風の強い古川にも劣らない強風の中、大勢の人がクリスマス・プレゼントとして、喜んで持って帰ってくれました。実際には、石巻まで行けなかった古川の姉妹たちが、配布前日に教会に集まり、ビニール袋のパック詰めを手伝ってくれました。本当に、兄弟姉妹たちの愛のクリスマス・プレゼントになったと思っています。

(古川福音自由教会 栗原延元牧師)


3月11日の東日本大震災からいつのまにか9ヶ月以上も過ぎ、クリスマスを迎えようとしていました。いつもの支援活動に加え、石巻クリスマス会として開催し、プレゼントという形をとった神様の愛を、お渡ししたいとの思いに沢山の方が応えて下さり、プレゼントの品々が次々と教会に届けられました。お一人お一人の想いのこもった品物は、素敵にラッピングされて、それぞれにメッセージが添えられていました。私は主人と共に祝田仮設住宅へのプレゼントボックスお届けグループに、参加させてもらいました。祝田仮設住宅は地盤沈下のため、満潮時には道路に海水が浸水して来るような所を通って、細い坂道を登った高台の9世帯ほどの仮設住宅地区でした。

訪問したお宅の方は津波で家も持ち船も流され、ご本人も車で逃げる途中で津波に襲われて、車外に逃げ出したものの津波に飲み込まれあちこち打撲を受け、どうして助かったか分からないと言っていました。沢山の方の愛が詰ったプレゼントボックスをお渡しするとそれは喜んで下さり、「このお返しに一日も早く元気になって、働けるようになるからね」と言って下さり感激でした。

“あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。(ルカの福音書10章27節)”
“あなたも行って同じようにしなさい。(ルカの福音書10章37節)”

このような神様の御言に応える機会を与えて下さる多くの支援者の皆様に、感謝と共に豊かな祝福が有りますように・・・。

(仙台福音自由教会 石川厚子さん)


先発隊として仙台を8時40分に出発し場所をお借りするT酒店さんに10時10分に到着しました。すでに10名以上の方が店内に待っておられました。準備のお手伝いをいただきながら本隊到着を待ちました。今回は一般物資は少なく衣類が中心でした。多くの衣類をハンガー等に掛けて選びやすい工夫をしました。15人ずつ10分区切りで始めは衣類5点、物資2点を選んでいただき、物資がなくなった時点で衣類7点と変更しました。今までになくゆっくりと衣類を選んでいただいたように思いました。

今回の大きな特徴は出口でお土産をお渡しした事です。仙台教会からは“お餅とあんことカレンダー”古川教会からは“もち米と鶏のから揚げ”名古屋西教会は“ペットボトルのお水”です。お餅とあんこは地元に利益還元と言う意味でタカヤス酒店さんに注文した物でした。物資配布は始めの方がどうしても有利?になり心苦しくなりますが、お土産は平等にお渡しできますので、嬉しい事でした。

物資チームは地下室で、お汁粉炊き出し、キャロリング、クリスマスボックスプレゼントはお店側で行われました。寒風の中、大勢の方々が賛美する姿を見せていただき感動しました。最後まで大勢の方に参加していただきました。神様の見守りと導きを感じずにはおられませんでした。最後に名古屋西教会の愛する兄弟、姉妹方のご奉仕に感謝いたします。

特に3日間石巻と仙台を往復運転して下さったM兄、感謝いたします。

(仙台福音自由教会 物資担当 高橋裕子さん)


 

礼拝堂の机に山と積み上げられたクリスマスボックス200個。壮観です!
各ボックスの中身はこのように、冬物衣料(手袋・靴下・ネルシャツ等)、お菓子、おもちゃ、トラクト等が中心です。
カレンダーの制作風景。女性陣が大活躍!
できあがったカレンダー。教会員の写真家S氏の風景写真を使用しています。
教会での当日事前打ち合わせ。真剣に説明に耳を傾けています。
くじ引き大会のために寒風吹きすさぶ中、辛抱強く列を作って下さった皆様
時折晴れ間ものぞかせましたが、体感温度は常に氷点下でした
東京から駆けつけて下さったSさんご一家
こちらもくじ引き大会の列です
今回も大なべが大活躍でした!
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子供用のプレゼントは、JIFHが提供して下さいました
お汁粉用カップを忘れる、等のハプニングもありましたが、守られました!
プログラムを終了し、これから片づけに入るところです。
今日の奉仕者全員集合!T酒店のご家族もご一緒です。一仕事終えていい笑顔です。



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2011年12月1日「石巻市渡波北部第2団地仮設住宅 支援活動」

奉仕者10名  参加者20名

小規模仮設住宅は、集会所ではなく、談話室が設けられていますが、鍵の管理する方が居ないので役所で一括管理しています。鍵を借りる手続をして談話室に物資を運び入れた後、 コーヒーコーナー設置と戸別訪問の二つのチームに分かれて活動を始めました。
全体的に小さい仮設ならではの支援、ゆったりとした交わりが出来たと思いました。
帰りの道で前を走る車の電光掲示板が回り『がんばれ 宮城!! 千葉県警察移動交番車
支援警備中』とあり、思わずほろりとしました。まだ県外の応援部隊は活動しておられるんだ!と本当に頼もしく嬉しく思いました。(支援されるってうれしいな。) どのような形であれ支援を続けていく事、被災者の方々を心にかけている事の大切さを再確認させられた気持ちになりました。神様は今回もしっかりと導いて下さいました。

[高橋裕子 記] お茶とおにぎりを食べて頂きながらお話を聞かせて頂きました。
・仮設住宅に談話室があっても世話人がいないので利用されていない。
・人と人のつながりがなくてさびしいとの事。
・もっと人と話がしたい。交わりたい。知り合いになりたい。
・談話室で何かいっしょにしたい。〔編み物とか?〕
・人はひとりでは生きていけない
…等々のお話しを聞いて何かお手伝いが出来ないだろうか、したいと思わされました。

[高橋みち 記] 『衣類の支援物資は始めてです。』と喜んで下さったのが、とても感謝でした。小規模な仮設住宅〔32軒〕で、昼間お留守の方も多かったのですが、かえって、来てくださった方々には、ゆっくり見て頂けました。集会所をお借りでき寒さから守られたことも感謝でした。

[斉藤圭子 記] 運転を基本的にしました。後は皆さんと同じでしょうか。感想としては、あの仮設に行けたことが本当によかったと思いました。小さな仮設ゆえボランティアの方がほとんど来ないという事を聞き、私達が行けてよかったなぁ‥とつくづく思いました。32世帯の仮設なので定期的にいけたらいいなぁと思いました。 最後まで残って下さったご婦人がいらっしゃいましたが、彼女は何よりあのような話〔お茶をする?〕をする場を求めていたのだと思いました。彼女の為にも本当に良かったと思います。また、訪問バッグが綺麗な袋だったのが、すごくいいと思いました。時間も震災からだいぶ経ったのと、クリスマスクリスマスも近いことあり、『プレゼント!』感がありました。

[清水 賛 記] 今回はこれまで支援のなかったという仮設での活動でしたので、戸別にお配りする支援物資を世帯分お持ちして、お留守のお宅にも差し上げる事が出来ました。伺った時間帯に在宅されていた方々は、私達の声がけに気持ちよく答えて下さり談話室での衣料品等を見ながら、座ってお話をしていって下さいました。このように住民同士の交流の場は無かったとの事でとても喜んでいただけた事は本当に感謝でした。 ただ、お話を伺っていると被災された方々の中にも被災状況の差があり被災者同士の交流を持つ事の難しさを感じました。ですから、私達のように他から来た者がおひとりおひとりからゆっくりとお話を伺う必要があるように思わされました。

[牛久洋子 記] 流山福音自由教会の水間姉妹と共に支援に参加できたこと、車中での交わりも楽しい時間でした。仮設住宅の一軒一軒に訪問グッズ〔トラクト入り〕とお米を届けることができたことは感謝です。〔留守の方々にも〕これからも小さな談話室〔あつまりの場)が用いられる事を祈りたいと思います。

[深澤まり子 記]

1.「小さな仮設には支援に来る団体は少なく、この仮設に来てくれたのはこれが初めてでした。」という意見を30代の女性の方が出して下さいました。当教会は大きな仮設に行くよりもこのような支援からもれている所に行くのが良いとおもいました。
2.最後に賛美をご一緒できたことが良かったと思います。又、住宅の方と話し合えたのが良かったと思いました。

[加藤弘 記]

※当日の支援活動風景の写真につきましては、後日アップロード致します。

2011年11月24日 「渡波第一団地(仮設)支援活動」

対象戸数:89戸

この日石巻は木枯らしの吹く寒い日でしたが、集会所の中、たくさんの方々で賑わい、暖かでした。
事前に、世話役の方から、物資は一戸ずつ袋詰めしてきてほしいとの要望を頂きました。初めての経験でしたが、かえって混乱もなく、世話役の方々によって、とてもスムーズに配布できたことを感謝しています。

集会所には、衣類をたくさん並べ、コーヒーコーナーも作りました。皆さん、ゆっくりと衣類を選んだり、おにぎりを召し上がってくださったり、終始、暖かな空気に包まれていました。最後に、いつも通り、ギルバート師のリードするビンゴゲームで大いに盛り上がりました。

今回は浦和福音自由教会から三名の兄姉がボランティアとして参加してくださいました。その中の姉妹が証ししてくださったのですが、ビンゴゲームの時、ひとりのご婦人は、最後の一つの数字が、中々呼ばれないので、ついに“天の神様”と祈ったそうですが、そのとたん、“24番”とコールがあり、“ビンゴ!!”になったそうです。隣でサポートしていた姉妹は“神様は生きておられる”と、喜びとともに厳粛な思いに満たされたそうです。

古川教会から栗原先生もかけつけてくださり、おひとりおひとりに語りかけてくださっていました。
いつも各地の福音自由教会の祈りと捧げもの、そして、ボランティアの方々の助けを頂いて働きが進められていることを心から感謝致します。

[吉田真知子・記]

2011年11月15日 「教会屋根にLED十字架がつきました」

今回、DRCnet(東日本大震災救援キリスト者連絡会)のご好意により、当教会屋上にLEDの十字架が設置されました。数ヶ月前に、「韓国の教会の全面的な支援により被災地の50教会に無償でLEDの十字架を設置します」とのアピールを拝見していました。当教会の震災時の被害は、土台と壁面へのヒビ、また家具の一部落下など「一部損壊」にとどまるため、もっと甚大な被害を受けた教会にと思いましたが、思い切って申込をさせて頂いたところ、ご快諾頂きました。

折しも当日は冷え込みが厳しく、風も強くなってきた中でしたが、狭山の「のぞみ教会」の牧師でDRCnetでもご奉仕しておられる河先生、韓国からチャン兄、またお二人の兄弟方が駆けつけて下さり、手際よく設置して下さいました。約2時間半ほどで完了し、点灯された十字架は、震災の被害に今なお痛むこの東北の地を照らす、キリストの愛の光のように感じました。

これまでは、教会のごく近くの方でも「あ、ここに教会あったんですね」と言われることも少なくありませんでした。多くのチラシを配り、クリスマスやイースターには看板を出していたにもかかわらず、です。また教会員でも、会堂屋上の十字架を見たことがない、という人もいました。今回、自発光式の明るい十字架が備えられたことで、多くの方々に教会の存在を知って頂けるものと思い、本当に感謝しています。この場を借りて、御礼申し上げます。

なお今回は、亘理町に新しく生み出された亘理聖書キリスト教会や、栗原聖書バプテスト教会、石巻祈りの家にも取り付けがなされる、ということでした。ここに教会があるんだ、ということがもっと多くの人に知られるためにも、このプロジェクトがもっと豊かに用いられることを願っております。

屋上に設置された十字架。仙台北部をのぞむ
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2011年11月10日 「仮設渡波第二団地・支援活動」

来て下さった方:約140名
奉仕者:16名

今回は、宮城水産高校第二グラウンドに建設された、「仮設渡波第二団地」の集会所をお借りして、物資配布とコーヒーコーナーを行いました。今回は、名古屋および名古屋西福音自由教会から4名の兄弟たちが、マイクロバスに毛布と物資を満載して駆けつけて下さり、支援活動を助けて下さいました。また、遠くアメリカから、Sさんご夫妻が駆けつけ一緒にご奉仕下さいました。

仮設渡波第二団地は16棟の連棟型仮設住宅が建ち並び、全部で160世帯の被災者の方々が入居しておられます。12時近くになって集会所に到着すると、自治会長のHさんが出迎えて下さり、一緒に荷下ろしを手伝って下さいました。すでに100名近い方々が列を作っていて下さいました。幸い天気は非常に良かったため、並んでおられる方に寒い思いをさせずに済んだことは感謝でした。

今回はまた、モニカ・ブルッテル宣教師のご協力で、仮設住宅の集会所で、チラシやポスターなどを印刷するのに必要ということで、プリンターを献品させて頂きました。この場を借りて御礼致します。

ちょっとしたハプニングで、当初予定していた配布時間を繰り上げて、集会所を開けなければいけなくなったため大忙しでしたが、天気が良かったため外でビンゴゲームなどを行い、皆さん大いに盛り上がりました。そんな中で、私が出会った入居者の女性の方からお話を伺う機会がありました。近隣のM町で民宿を営んでおられた91歳のこの方は、津波で3人のご家族を亡くされました。お婿さんは、会社を見に行った先で津波に遭われ、50日後にやっと見つかったとのことでした。お孫さんも亡くされ、70代の娘さんとお二人で6月にやっと仮設住宅に入居できた、とのことでした。今いちばん困っていることは、病院に通う足がタクシーしかなく、7,000円もかかるということでした。被災者同士なので気軽に送迎を頼む訳にも行かず、タクシーを使うしかないとのことでした。90代となれば、病院も頻繁に利用されることでしょう。医療費もかさみ、家も流された中でのこの出費は、どれ程大きなものかと思わされます。行政の巡回車などが回って下されば良いのですが、この仮設にはそれもないようでした。70代の娘さんと二人きりの生活は、どれ程寂しく、また将来に不安を感じることでしょうか。涙を流されながら話すその姿には、ただただ祈るほかありませんでした。

それと同時に、「仮設住宅に入った方は満ち足りている」というような、誤った理解が世間一般に流れていることに危惧を覚えました。ひとりひとりの被災者の方々に実際に寄り添い、話を伺ってみるならば、そこには癒えぬ痛みがあり、不安があり、涙があります。全体からは見えなかったことが見えてきます。被災地支援に関しては、「森を見て木を見ず」ではいけないのだ、とつくづく思わされました。これからも、できる限り、この働きを続け行きたいと思います。

[門谷信愛希 記]

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2011年10月27日 「石巻市大森地区・祝田仮設住宅支援活動」

来て下さった方々:36名
ボランティア:11名

以前、T酒店様にて出会った大森地区のHさんのご依頼を受けて、祝田仮設(9世帯)とそのご近所の方々にお配りしました。祝田仮設は、万石橋を渡って、すぐ海沿いを行くと、小高い山の上にありました。石巻市以外の民間の物資配布は初めてだということでした。お昼近かったので、おにぎりとお茶をお配りして、交わりを楽しんで頂きました。全国各地から送って頂いた冬物衣料も、たくさん持って行きましたが、ほとんど全部受けとって頂きました。

いつものようにギルバート宣教師ご夫妻がビンゴゲームをリードしてくださり、皆さん、童心に返って、和やかなひとときを楽しんでくださいました。

ひとりのご婦人が、「あんたがたもキリスト教なの・・・?あそこでも、キリスト教が家を修理しているよ。」と話しかけてくださいました。すぐ近くで、サマリタンパースのボランティアの方々が、壊れた家を直していました。クリスチャンたちが、各々、この地で用いられていることを、主に感謝しながら、秋の石巻を後にし、帰途につきました。

[吉田真知子・記]

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2011年10月10日 「石巻市万石橋近隣・支援活動」

来て下さった方々:約150名
奉仕者数:48名

当教会にはお年寄りや弱さの中にある方々をサポートするための「サマリヤ会」という組織がありますが、今回の支援活動はサマリヤ会の主催で、広く教会全体に呼びかけて行いました。東京、大阪、古川など全国各地から活動に参加して下さる方々が与えられ、総勢48名という多くの人数で、石巻市万石橋たもとのT酒店様をお借りして活動を行わせて頂きました。Tさんにはいつも本当にお世話になっております。この場を借りて御礼致します。

今回は、要員が多くおりましたので、(1)物資配布、(2)炊き出し、(3)戸別訪問、(4)宅配、の四つにチームを分け、同時並行で行いました。物資配布のためには、サマリタンズ・パース提供の毛布、石油ストーブ、生活支援キットを中心に大量であり、また炊き出し用の機材も多かったため、今回初めて3tトラックをレンタルして使用しました。

炊き出しは仙台風芋煮を250食程度用意致しました。 150人の方々がはやくから来て下さり、しばらく熱い芋煮に舌鼓を打ち、またコーヒーコーナーで休憩し、歓談の時を持たせて頂きました。朝晩寒さを感じることが多くなっていることもあり、冬の備えに皆さん不安を感じておられるようでした。

戸別配布、また事前準備等については、東京から駆けつけて下さった松原さんの以下のリポートをご覧下さい。

[門谷信愛希 記]


今回初めて被災地支援活動に東京からボランティアで参加させていただきました。

10月10日(月・祝)の支援活動に向けて、10月8日(土)、9日(日)は仙台福音自由教会にて教会員の皆さんとともに戸別訪問用に物資を準備をしました。 今回の支援活動は、石巻市万石橋にあるT酒店さんを会場とし、物資配給、炊出し、コーヒーコーナー、戸別訪問が予定されていました。私は戸別訪問を担当させていただきました。

当日は物資配給の順番のために現地の方たちに朝早くから並んでいただかなくても良いように、教会の方のアイディアで抽選で整理券を取っていただき、順番を決める手はずとなっていました。 今までの支援活動の経験から得られた知恵だと思いました。さすがです!

戸別訪問は2人ペアになり4組がT酒店さんの近くのお宅を訪ねました。 5、6軒のお宅を訪問したなかで、震災から7カ月経った今もなお被災地の方々は不自由な生活を送られている現実を目の当たりにしました。 壊れた家の修理がなされていない、生活インフラが整っていないというお話や、商売をされている方はお店が再開できていないというお話をため息まじりにされていました。 また、仕出し弁当・割烹を営んでいらっしゃるお宅の1階はシャッターが降ろされていて、営業再開の目処が立っていないと肩を落としていました。

途中には家の1階部分が津波によって破壊されたままのお宅が何軒かありました。3月11日の震災と津波によって、被災地の方々の生活が一転してしまったことを物語っているようでした。 これから寒い冬を向かえる東北で暖房器具や冬物衣料に加えて、現地の方々のお話を伺うことや、また建築やインフラ整備の専門の方々の協力が必要だと感じました。 私にできることはわずかですが、これからも時間を作って支援活動に参加したいと思っております。

[東京武蔵野福音自由教会 松原泉 記]


同日のT商店様前の支援時に、12時半前に近くの渡波大森地区へ物資配布を行いました。前日に世話役のHさんに連絡し、告知していただいていたためか、約束の9時半に到着すると、近所の方々はすぐ集まって来て下さいました。カレーの材料、うどん、豆腐、納豆、油揚げ、調味料は世帯分を袋に入れ、サマリタンズパースの支援キットと一緒にスムーズにお渡しできました。

タオル、シーツ、毛布、湯たんぽ等、数が世帯数分がない物は話し合いで均等に分け合いされていました。小規模の被災地域ならではの光景でした。海のそばですが、小山が海淵にあり津波の害は平屋の家以外は床下浸水だったそうです。〔この平屋のお家は立地場所が低く一階浸水で全壊し、この地区でただ一軒、引越しされたそうです〕

生活するのに必要な車と店がだめになって買物が出来ずに苦労しているとの事でした。近隣地区の仮設住宅と合わせて32世帯を対象にとの支援希望を頂きました。大森地区への往復の道には海沿いに以前は家が立ち並んでいました。その家々は片付けられ、青空を映して海水がぴちゃぴちゃと輝いていました。

[高橋裕子 記]

出発前の打ち合わせと祈りの時
T酒店様の前はこのように湾になっています。ここから津波が押し寄せました。
物資配布の開始を待っていて下さる地域の皆様
T酒店様の前にもこのように並んで下さっています
T酒店様の内部
(左端)スペンサー・ラー兄、(右から二人目)ローナ・ギルバート宣教師
万石橋のたもとにて待機していて下さった皆様
物資配布用にお借りした1Fの半地下室
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今回初めて使用した炊き出し用大なべ二基とガスボンベ
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ご婦人方が大活躍でした!
これが宮城の秋の風物詩、「芋煮」です!
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Tさんとともに。これが今回の全参加者です!
大活躍の3トントラック!教会近くのトヨタレンタリースさんも、震災支援ということで良心的な対応を下さり感謝!

2011年9月29日 「石巻市・万石浦公園仮設住宅支援活動」

奉仕者14人 参加者80人

今回は車の不足等の心配がありS姉が前日まで苦労されていましたが、当日になり奉仕者も車も備えられハレルヤ!!と教会を出発しました。まさしく“主の山に備えあり”です。途中、石巻蛇田で納豆、生うどん、豆腐、油揚げを購入しました。

物資配布場所の仮設住宅集会所には、すでに沢山の方が待っておられました。集会所に物資を出し終えた後は、私は仮設住宅の戸別訪問に回りました。奉仕者一人各一棟ずつ回りましたが、半数の方は集会所に行かれてお留守でした。在宅の方に訪問キットをお渡ししながら集会所での物資配布の案内をしました。中に、集会所まで行かれない方〔足がご不自由〕もおられたのでご希望をお聞きしてお届けしました。以前、訪問した近くの鳥の巣地区の方はヘルパーの仕事でお世話している方を集会所に連れてきて下さいました。このような偶然の再会も嬉しいものです。

戸別訪問を終え、集会所に戻ると物資は残り少なくなっていましたが、多くの方がお茶のコーナーで談笑されていました。物資配布後はビンゴゲームをして暖房器具、灯油缶、ホットカーペット、ラジオ、米等を景品としてお渡ししました。物資を一度自宅に置いてからビンゴゲームに参加された方も居られました。終始、和気あいあいとした雰囲気があり、参加された方々も私たちも楽しさを共有でする時間となりました。

帰られる方に笑顔で「今度いつ来るの?」と聞かれました。何箇所かを回っている状態ですので、お約束できないのが申し訳なく思いました。

今回この仮設でお世話して下さった方が、集会所にこんなに大勢の人が集まったのは、仮設始まって4ヶ月になるが初めてだと言う事、皆さんがとても楽しんでいた事、物資の中にすぐ食べられるものがあって喜ばれた事などお話して下さいました。
物資を通して笑顔が生まれ、その場がいつもとても良い雰囲気になります。物資と交わりの場の提供は大事な柱です。支援をしながら寄り添い続ける事の大切さを実感し、神様の導きを頼りに細く長く続けてさせて頂きたいと思いました。
今回は川越福音自由教会の皆さんと奉仕させて頂きました。ありがとうございました。

高橋裕子 記

 私たちは毎回、全国の皆さんからいただいた物資とサマリタンズ・パースさんから提供いただいた物資、そして必要に応じて買い求めた日常品や季節品を持って、支援に伺っています。

 今回人気があって皆さんに行き渡らなかったのは、次の物資です。ダントツ、お米(ニキロ詰め)。毛布、ぼあシーツ、こたつ敷き、こたつ布団、湯タンポです。 「あらぁ、もうないのすかゎ。」と言われて、お渡しできないときは本当に申し訳なく思います。

 10月5日付けの河北新報でも報道されていましたが、みやぎの仮設住宅は、「フローリングの床板が薄く、玄関を開けると雨や風が入り込んで、暑さ寒さ対策としての断熱材が不十分」なのだそうです。

 間もなく冬。私たちは、仮設住宅を直すことはできませんが、せめて、内側からあったかくなるような、そんな物を考えて持って行けたらいいなぁと思います。

庄司弘子 記

川越福音自由教会ボランティアチーム

 今回、川越福音自由教会からボランティアの方々が7人参加してくださった。遠くから、大きな犠牲を払ってかけつけてくださる兄姉には、本当に励まされます。途中タイヤがパンクしたり、車のトラブルにあって、どんなにか大変だったかと思いますが、神様が常に守ってくださり、やさしさと、ユーモア、そして、思いやりにあふれて、奉仕してくださいました。

翌日、野瀬先生も、兄姉をお迎えに飛んで来てくださいました。各地のクリスチャンの方々の祈りと愛と励ましによって、この働きが支えられていることを実感しています。感謝しつつ

吉田真知子 記

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