今日のメッセージ 『アブラハムの信仰に続こう』 2026年7月26日

 牧師 高橋勝義

〔申命記10章12~22節

 神は、アブラハムとアブラハムの子孫(イスラエル)に契約のしるしとして、生まれて八日目の男子にはみな「割礼」を施すようにと命じました(創世記17:10,12)。これは、神への従順(創世17:1)と神の選びの恵みをあかしするものです。しかし、イスラエルの荒野での歩みは、神への不従順の連続でした。それゆえ、モーセは民に、「あなたがたは心の包皮に割礼を施しなさい。もう、うなじを固くする者であってはならない。」と語ったのです。それは、神があなたがたに求めておられることは、主を愛し、主に仕え、主の命令と掟を守ることである。だから、それをしっかりと心に刻み、父祖たちの信仰に倣って歩むように、と促したのです。これこそが「心の包皮に割礼を施す」という意味なのです。

 パウロが「(アブラハム)は、割礼を受けていないときに信仰によって義と認められたことの証印として、割礼というしるしを受けたのです。それは、彼が、割礼を受けないままで信じるすべての人の父となり、彼らも義と認められるためである(ローマ4:11)」と語っているように、私たちもキリストを罪からの救い主と信じる信仰によって義とされるのです。

 ここで重要なことは、自分は罪ある者と認めて、口で言い表し、悔い改めることです。つまり、神に従って生きる歩みへと舵を切る決断です。しかし、私たちの中には罪の性質が残っているため、すぐにうなじを固くする者(神に不従順な者)になってしまうのです。

 それゆえ、日々、罪の悔い改めが重要になってくるのです。なぜなら、神は「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます(Ⅰヨハネ1:9)」と約束してくださっているからです。