牧師 高橋勝義 |
〔民数記36章1~13節〕
マナセ族のギルアデの氏族に属するかしらたちが、息子のいないツェロフハデの相続地を彼の娘たちに与えるように命じられたことについてモーセに訴え出ました(民数記27:7)。それは、娘たちがほかの部族に嫁ぐなら、その相続地は嫁いだ部族のものになり、ヨベルの年が来ても、自分たちの先祖の相続地には戻らないことが問題でした。神は、50年に一度、負債の免除と売却地の回復をなどを定められました(ヨベルの年)(レビ25:8~24)。しかし、嫁いだ場合は、この規定に該当しません。そして、神は相続地はくじで割り当て、彼らの父祖の部族の名にしたがって受け継がれなければならない(民数記26:55)と命じておらます。
この訴えに対し、モーセをとおして主は、「彼女たちは、自分が良いと思う人に嫁いでよい。ただし、彼女たちの父の部族に属する氏族に嫁がなければならない。神から与えられた相続地は他部族に移してはならない。イスラエルの子らの部族は、それぞれ、自分たちの相続地を堅く守らなければならないからである。」と命じられました。この時のイスラエルは、まだ約束の地に入っていないのに、彼らは神が定めるヨベルの年が、将来確実に行われると信じて、モーセに訴え出たことに私は驚かされました。彼らは、荒野での歩みを通して、生けるまことの神を畏れることを学んだのです。この箇所を読みながら、私の心に「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです(へブル11:1)」のみことばが浮かんできました。また、イエス様も「心の中で疑わずに、自分の言ったとおりになると信じる者には、そのとおりになります(マルコ11:23)」と語っておられます。
「幸いなのは、むしろ神のことばを聞いてそれを守る人たちです(ルカ11:28)」
牧師 高橋勝義