牧師 高橋勝義 |
〔民数記34章1~34節〕
神は祭司アロンに「あなたは彼らの地で相続地を持ってはならない(民数記18:20)」と語りました。しかし、レビ人にも住む場所は必要です。それゆえ、神はモーセに「あなた方の相続地のうちから、居住のための町々をレビ人に与えよ」と民に命じるように告げられたのです。そして与える町々は大きい部族からは多く、小さい部族からは少なくしなければならないとされました。さらに、誤って人を殺してしまった者が逃れることのできる「逃れの町」を定めるようにと命じました。これは、血の復讐を防ぐためであり、何より、神が与える約束の地は、主である神自身がそのイスラエルの子らのただ中に宿っておられのですから、その土地を汚さないためなのです。
宿るとは、生けるまことの神がともにおられることです。時が満ちて、神は、このことを具体的に見える形にされました。「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエル(神が私たちとともにおられる)と呼ぶ。(イザヤ7:14)」と預言されているとおり、神のひとり子イエス・キリストをこの世に遣わされたのです。
神が人となってこの世に来られ、罪に満ちたこの世(私)をきよめるために、この方が、ご自身のいのちを私たちの罪のためにささげてくださったのです。「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザヤ55:9)」とあるように、神のなさる不思議な御業であり、到底、人間には思いもよらないことです。その愛には、本当に驚かされるばかりです。
私たちとともにいてくださるイエス様を喜び、このお方を信頼して歩んで行きましょう。
牧師 高橋勝義