牧師 高橋勝義 |
〔民数記33章1~49節〕
モーセは、イスラエルがエジプトから救い出され、荒野で過ごした四十年の旅路を神の命により詳しく書き記しました。エジプト軍が迫ってくる中で、海が二つに分かれ、海の底を逃げたこと、シンの荒野では日々の食料として神が「マナ」を与えてくださったこと、レフィディムでは岩から水が出たことなど、どこも神の恵みで守られてきました。しかし約束の地を目の前にしながら、四十年間荒野での生活を余儀なくされたのは、民の不信仰が原因であったのも事実です。神は、約束の地に入ろうとしている新しい世代に、自分たちはどこから救い出され、また、今どこに向かって歩んでいるのかを自覚させ、この荒野で学んだ教訓、そして神の愛と恵みの中に生かされてきたことを伝えたかったのです。
自分たちの「ルーツ」やどんな時にも助け導いてくださる神様を知ることは、これから彼らを襲うさまざまな困難や苦難に立ち向かい、勝利する原動力となるからです。
私たちも、自分はどのようなところから救い出され、どこに向かって歩んでいるのかを自覚することはとても重要です。というのは、困難や苦難の中で、人は不安や恐れから起こる思い煩い、後悔、責任転嫁など不信仰の渦に巻き込まれてしまうからです。それゆえペテロが「あなたがたのうちにある希望を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい(Ⅰペテロ3:15)」と語っているように、自分の救いを書き記すことが大切です。
信仰の原点に立ち返り、今、自分は天の御国を目指して旅をしていることの再確認になるからです。後戻りすることのないように、イエス様は「鋤に手をかけてからうしろを見る者はだれも、神の国にふさわしくありません(ルカ9:62)」と私たちに警告しています。
牧師 高橋勝義