牧師 高橋勝義 |
〔民数記33章50~56節〕
神はモーセに、「約束の地に入ったならば、まずその地の住民をすべて追い払い、彼らが造った石像や鋳像をすべて破壊し、高き所をすべて壊さねばならない」と命じました。その地の住民を残せば、必ずその慣習の影響を受け、結局偶像礼拝が始まるのです。
この問題について神は、「彼らはあなたの国に住んではならない。彼らがあなたを、わたしの前に罪ある者としないようにするためである。あなたが彼らの神々に仕え、あなたにとって罠となるからである。(出エジプト23:33)」とすでに警告していました。まさに、「あなたがたが残しておく者たちは、あなたがたの目のとげとなり、脇腹の茨となり、彼らはあなたがたが住むその土地であなたがたを苦しめる」からです(民数記33:55)。
イエス様が「あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです(マタイ6:21)」と語られたように、私たちのうちにはあらゆるものを偶像にしてしまう危険性が潜んでいるのです。この心の隙間に、悪魔は誘惑の罠を仕掛けてきます(Ⅰペテロ5:8)。
では、どうすればよいのでしょうか。「何が主に喜ばれることなのかを吟味しなさい(エペソ5:10)」とあるように、自分の弱いところを自覚することが大切です。この世では弱さはタブーですが、神を信じる私たちにはどうでしょうか。パウロは自らの経験から「主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである』と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(Ⅱコリント12:9)」と告白しています。私たちも、この神に信頼して歩んで行きましょう(ローマ9:33)。
牧師 高橋勝義