牧師 高橋勝義 |
〔民数記22章1~13節〕
モアブの王バラクは、イスラエルの民の多さと、彼らがアモリ人との戦いに勝利したことにおびえ、イスラエルを呪ってもらおうと考え、ベオルの子バラムに使いを送りました。それは、このバラムが祝福する者は祝福され、呪う者は呪われていたからです。そのバラムは使いの者に、神のみこころを求めるので、一晩ここに泊まるように言います。
その晩、神はバラムに「あなたは彼らと一緒に行ってはならない。また、その民をのろってもいけない。その民は祝福されているのだから。」と言われ、バラムは使いの者たちに、神が一緒に行くことをお許しにならなかったと告げました。
神はイスラエルの父祖アブラム(アブラハム)に、わたしが示す地へ行くなら「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。(創世記12:2)」と語られ、神を信じたアブラハムの子孫は、神の民イスラエル民族となっていったのです。それゆえ、神がバラムに「その民は祝福されている」と語るのは当然なのです。神の約束は決して変わらず、神はまことに真実なお方です。そして、このアブラハムへの神の祝福は、キリストを救い主と信じる私たちにも受け継がれているのです。
イエス様は「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。あなたがたのところに戻って来ます。(ヨハネ14:18)」と語られました。主に従って歩んだ使徒パウロも「私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。ご自分を否むことができないからである。(Ⅱテモテ2:13)」と証ししています。人生は労苦とわざわい多き日々ですが、この真実なお方、イエス・キリストとともに天国をめざして歩み続けましょう。(ヨハネ15:4)
牧師 高橋勝義