牧師 高橋勝義 |
〔民数記21章10~35節〕
約束の地をめざすイスラエルは、アルノン川の対岸に宿営し、アモリ人の王シホンに使者を遣わし「あなたの土地を通らせてください。私たちは畑にもぶどう畑にもそれて入りません。井戸の水も飲みません。あなたの領土を通過するまで、私たちは『王の道』を通ります。」とお願いしました。しかし、王シホンはイスラエルを迎え撃つために出て来たのです。そして、イスラエルはアモリ人と戦い、彼らの地を占領します。さらに彼らが向きを変えてバシャンへの道を上って行くと、バシャンの王オグも戦うために出て来たので、主が命じられた通りイスラエルは戦い、その地を占領したのです。
これまでイスラエルは、約束の地をめざす荒野の旅を送ってきましたが、ここから占領したアモリ人の地に住んだのです。いよいよ約束の地に入って行く、足掛かりができたのです。
イエス様は、岩の上に建てた人の家は大風にも洪水にも倒れないが、砂の上に家を建てた家は洪水や風に打たれると倒れ、しかもその倒れ方はひどいものになる、と話されました。岩の上に家を建てるとは、神のみことばを土台とすることです(マタイ7:24~27)。
使徒パウロも、自分自身を宣べ伝えているのではなく、主なるイエス・キリストを宣べ伝えていますと語っています(Ⅱコリント4:5)。信仰の土台は、イエス・キリストにあるからです(Ⅰコリント3:11)。あなたの人生の土台は、神のみことばでしょうか。それとも、この世の権力や富、知恵や知識、そして、自分の考えや経験でしょうか。
神のみことばを土台とするならば、「みことばの戸が開くと光が差し浅はかな者に悟りを与えます(詩篇119:130)」とあるように、私たちの歩みは守られるのです。
牧師 高橋勝義