牧師 高橋勝義 |
〔民数記18章21~32節〕
祭司アロンの家系がそうであるように、レビ族の民は約束の地に相続地を持つことができません。それゆえに、神はレビ人に対して、彼らが行う奉仕、会見の天幕での奉仕への報いとして、イスラエルの民が主に献げた奉納物の十分の一を与えると定めました。そして、レビ人はその受け取った奉納物の中から十分の一を、主への奉納物として献げなさい、と命じられました。こうして、神は、祭司とレビ人の任務を明確にすることによって、イスラエルの民に、幕屋に関する奉仕の尊さと重要性を教えられたのです。
事の発端は、コラたちによるモーセとアロンへの非難でした。アロンとコラは同じレビ人ですが、幕屋に関わる奉仕には大きな違いがありました。アロンは幕屋全体に責任を持ち、それを助けるのがレビ人です。お互いの協力なくして幕屋の奉仕を全うすることはできません。
ですから、聖書に「何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい(ピリピ2:3)」とあるように、お互いの働きを尊重し、主に仕える心をもって奉仕することが大切なのです。しかし、私たちは人を外見で判断し、相手が自分より「上」か「下」かを見極めようとします。人間は、どこまでも自分中心の罪人なのです。それゆえ、イエス様は「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい(マタイ20:26)」と語られたのです。
ところで、あなたは、人からの評価が気になるでしょうか。それとも、神の評価でしょうか。聖書は、「主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高く上げてくださいます。(ヤコブ4:10)」と私たちに語っています。
牧師 高橋勝義