牧師 高橋勝義 |
〔民数記18章1~20節〕
神は、モーセとアロンに逆らったコラがレビ人であったため、祭司職とレビ人の務めを明確にされました。祭司は幕屋全体の奉仕を行いますが、そのためのレビ人の助けが必要です。また、聖なる用具と祭壇に関する奉仕は、アロンの子孫である祭司のみが行い、レビ人であっても、近づいてはならないと命じられました。祭司は、約束の地で相続地を持つことが許されていないため、神はイスラエルの子らが主に献げる聖なる奉納物を報酬としてすべてアロンの子孫たちに与えて、永遠の割り当てにされました。これは、アロンとアロンの子孫への「永遠の塩の契約」となったのです。塩は「契約が完全な約束」であることを示し、「永遠の塩の契約」とは「いつまでも変らない神の契約」を表しているのです。
モーセは、民が主の教えに聞き従います、と誓ったことを受け、動物の血を取って、民に振りかけ「見よ。これは、これらすべてのことばに基づいて、主があなたがたと結ばれる契約の血である。(出エジプト24:8)」と語りました。今、私たちは、旧約の時代のように動物の血を必要としません。イエス様が、十字架の上で流された血潮によって、私たちのすべての罪の贖いをなされたからです。この罪の贖いはキリストを罪からの救い主と信じる者に、罪の赦し、永遠のいのちを与えます。イエス様ご自身が「これは多くの人のために、罪の赦しのために流される、わたしの契約の血です(マタイ26:28)」と語られたように、十字架で流された血潮は、あなたの罪のために流された契約の血であることをしっかりと受け取りましょう。
これらすべては、神の賜物(プレゼント)であり、福音は信じる私たちにとって、すべての人に救いをもたらす神の力なのです(ローマ1:16)。
牧師 高橋勝義