牧師コラム 『私の骨からの骨、肉からの肉』 2020年1月19日

牧師 高橋勝義

人間の創造について、聖書は『神である【主】は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。(創世記2:7)』さらに『また、神である【主】は言われた。「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」(創世記2:18) 』と語ります。
そして神である主は、人(アダム)のところにすべての生き物を連れて行くのですが、ふさわしい助け手は見つからなかったのです。そこで、神は人に深い眠りを下され、彼のあばら骨の一つを取り、そのところを肉でふさぎ、女(エバ)を造られたのです。

アダムは、エバを見て『これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉(創世記2:23) 』と感激するのです。神が女を造られた目的は「ふさわしい助け手」です。
それゆえ、『男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのです(創世記2:24) 』とあるように、夫婦はふたりで一人前です。そこに大切なのは互いの助けと、なくてはならないかけがえのない存在という自覚です。
ふたりの間には、上下関係は存在せず、平等であり、むしろ自分の欠けを自覚し、それを補う助け手を心から喜ぶ信頼関係が重要になってきます。しかし、が入り込んだ結果、互いに愛しあい、尊重しあう夫婦の関係が崩れたのです。

聖書は、このような夫婦二人の真ん中にイエス・キリストをお迎えすることを勧めています。なぜなら『一人なら打ち負かされても、二人なら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。(伝道者の書4:12) 』からです。
ふたりの間には、キリストの赦しと愛があり、夫婦は簡単には切れない三つ撚りの糸となるのです。