牧師 高橋勝義 |
〔民数記30章1~16節〕
30章は神様の前に真実な歩みをすることが教えられています。具体的には男性が主に誓願をしたり、物断ちをして誓う場合には、すべて自分の口から出たとおりのことを実行しなければならない、ということです。しかし、女性の場合は父が娘の誓願を認めれば有効となり、反対すれば無効、同様に夫が妻の誓願を認めれば有効となり、反対すれば無効となります。
この時代の女性は男性主権のもとに置かれており、この教えがなければ、女性は誓願することすら許されない中で、神が女性を尊ぶご配慮なのです。
また、ここで大切なことは、誓願するときの心です。聖書は「神に誓願を立てるときには、それを果たすのを遅らせてはならない。愚かな者は喜ばれない。誓ったことは果たせ。誓って果たさないよりは、誓わないほうがよい。(伝道者の書5:4,5)」と教えています。ところが、誓いが形骸化している行為をイエス様は厳しく戒め(マタイ5:33~37)、「からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい。(マタイ10:28)」と語られるのです。
私たちは、生けるまことの神に向かって「誓願」していることを忘れてはなりません。と同時に、イエス様が「心の中で疑わずに、自分の言ったとおりになると信じる者には、そのとおりになります(マルコ11:23)」と語られたように、誓願する自らが信仰に立っているかどうか(Ⅱコリント13:5)、自分を吟味する必要があるでしょう。
私たちの信じている生けるまことの神は、「神にとって不可能なことは何もないお方(ルカ1:37)」だからです。
牧師 高橋勝義