牧師 高橋勝義 |
〔民数記29章1~40節〕
安息日の由来は、神が創造の第七日に、なさっていたわざを完成し、すべてのわざをやめ、この日を聖なるものとされたところからきています。(創2:2,3)。さらに神は、七日目が聖なる日であるように、第七月目を安息の月と定められたのです。第七月の第一日目を特別な安息日、10日目は大祭司が年に一度、至聖所に入り、契約の箱の上で万民のために罪の贖いをする「贖罪の日」、第15日目からの一週間は「主の祭り」、そして八日目(第22日目)に「きよめの集会」を開いて、第七月の主へのささげ物の各会合は終わります。
第七月のささげものは雄の子羊(11匹)・雄羊(30匹)・雄牛(73頭)・雄やぎ(10頭)でしたが、イエス・キリストは、「雄やぎと子牛の血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度だけ聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられた(ヘブル9:12)」のです。それは、多くの人の罪を負うために一度ご自分を献げられた(ヘブル9:28)と記されているとおりです。
それゆえ、神は「わたしは、もはや彼らの罪と不法を思い起こさない」と言ってくださるのです。神のこの約束は、キリストを罪からの救い主と信じる信仰によって与えられるのです。これはキリストを信じることによって義と認められるのであって、だれも、律法を行うことによっては義と認められないからなのです(ガラテヤ2:16)。さらに、信仰に生きる人々こそアブラハムの子であり、アブラハムとともに祝福を受けるのです(ガラテヤ3:6,9)。
このような素晴らしい恵みを私たちに与えてくだった神に、心から感謝しましょう。
「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物(プレゼント)です。(エペソ2:8)」
牧師 高橋勝義