牧師 高橋勝義 |
〔民数記9章15~23節〕
いよいよ、イスラエルは、神がアブラハムに与えると約束された地に、いつでも、出発できる用意が整いました。そして、「いつでも雲が天幕から上るときには、その後でイスラエルの子らは旅立った。また、雲がとどまるその場所で、イスラエルの子らは宿営した。雲が長い間、幕屋の上にとどまるときには、イスラエルの子らは主への務めを守って、旅立たなかった。二日でも、一月でも、あるいは一年でも、雲が幕屋の上にとどまって、去らなければ、イスラエルの子らは宿営を続けて旅立たなかった。しかし、雲が上ったときは旅立った。(民数記9:17,19,22)」とあるように、イスラエルはすべて神の命令に従って行動したのです。
私たちは、今、ありとあらゆる情報を瞬時に手に入れることのできる社会の中で生き、また、いろいろなものを手に入れることができます。それゆえ、神の仰せに従って生きる歩みは、科学の進んでいない時代のことで、今の私たちには無関係だと思われがちです。
しかし、本当にそうでしょうか。たくさんの情報は、逆に、私たちを混乱させます。ですから、聖書は「どのようにして若い人は自分の道を清く保つことができるでしょうか。あなたのみことばのとおりに道を守ることです。(詩篇119:9)」と語っています。また、私たちの人生は、いろいろな労苦とわざわいの連続ですから、「順境の日には幸いを味わい、逆境の日にはよく考えよ。これもあれも、神のなさること。後のことを人に分からせないためである。(伝道者の書7:14)」とあるように、私たちはすべて神の御支配の中に生きているのです。
生けるまことの神は、私たちにこのように語りかけています。「わたしに聞き従う者は、安全に住み、わざわいを恐れることなく、安らかである(箴言1:33)」
牧師 高橋勝義