牧師 高橋勝義 |
〔申命記22章1~30節〕
神はイスラエルに守るべき戒めを与えられ、日常生活の中のどのような行為が神の戒めを破ることになるのかを、具体的に示されました。
見て見ぬふり、知らぬふりをすることは、神が「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい(レビ19:18)」と命じている教えに反する行為であること、また、人が妻を嫌い口実を設けて、「私はこの女を妻として近づいたが、処女のしるしを見なかった」と汚名を着せることは、神が「あなたの隣人について、偽りの証言をしてはならない(出エジプト20:16)」と命じる教えに反する行為である。さらに、男が情欲のままにふるまうことは、神が「姦淫してはならない(出エジプト20:14)」と命じる教えに反する行為なのだと教えられました。
私たちは、どのような行為が神の戒めを破るのか、具体的に教えられないと、自分勝手な解釈をしてしまいます。そこで、イエス様は、さらに一歩踏み込んで、強盗に襲われたサマリア人のたとえを用いてあなたの隣人とは誰なのかを教えられました(ルカ10:29~37)。また、男が心の中に抱く情欲をも問題とされたのです(マタイ5:28)。心の思いが、いつしか、行動となって現れるからです。神は、聖書のどんな預言も自分勝手に解釈してはいけないことを私たちに教えています(Ⅱペテロ1:20,21)。では、どうすれはよいのでしょうか。
イエス様は「その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導いてくださいます。御霊は自分から語るのではなく、聞いたことをすべて語り、これから起こることをあなたがたに伝えてくださいます。(ヨハネ16:13)」と約束されました。ですから、私たちの内におられる聖霊の声に耳を傾け、神の御心を教えていただくことが大切なのです。
牧師 高橋勝義