今日のメッセージ 『まことの主権者であられる神』 2026年10月11日

 牧師 高橋勝義

〔申命記19章1~21節〕

 神は約束の地に入り、国を建設するにあたって、誤って人を殺した時に生じる復讐、憎しみの連鎖を断ち切るために、全土の三か所に逃れの町を作るように命じ、その逃れの町は、復讐者から逃れることができる距離にしなければならないと定められました。主が与えてくださった相続の地で、咎のない者の血が流されることがなく、また、民が血の責任を負うことのないようにするためです。そして、いかなる咎でも、いかなる罪でも、すべて人が犯した罪過は二人の証人の証言、または三人の証人の証言によって、立証されなければならないとされました。復讐心とは、他者から危害や不快なストレスを受けた際に「仕返しをしたい」と湧き上がる感情のことで、愛する人が殺されれば、それはなおさら深く大きなものです。

 しかし、パウロは、私たちにこう語ります。「愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。『復讐はわたしのもの。わたしが報復する。』主はそう言われます。(ローマ12:19)」 さばきは、この世界を創造された主なる神である主権者にあるのだから、主の主権を犯してはならないことを諭しているのです。また、自分で復讐することは、平和をかき乱し、対立を深くすることになるので、この世の悪や不正に対して、個人的に報復することは正しくないからです。それゆえ、ペテロは、「人をそれぞれのわざにしたがって公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、この世に寄留している時を、恐れつつ過ごしなさい(Ⅰペテロ1:17)」と語っています。

 「神は不公平な方ではありませんから、あなたがたの働きや愛を忘れたりなさいません(ヘブル6:10)」とあるように、私たちはまことの主権者である神の御手にすべてをゆだねて歩みましょう。