牧師 高橋勝義 |
〔民数記20章22~29節〕
イスラエルの民はカデシュを出発し、エドムの国境に近いホル山に来ましたが、主はモーセとアロンに、ここでアロンは自分の民に加えられると、彼の死を告げられました。モーセとアロンは、主の仰せのとおりアロンの息子エルアザルを連れてホル山に登り、やがて祭司の衣服を着たエルアザルがモーセと一緒に山から下りてきました。全会衆はアロンの死を悟り、アロンのために三十日の間泣き悲しみました。こうして、祭司職は、息子エルアザルに引き継がれ、神の民としての歩みが保たれたのです。
イエス様が弟子たちに「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい(マタイ28:19)」と命じられたように、主を救い主と信じた私たちにはイエス様を人々に宣べ伝える使命があります。イエス様は、弟子としての条件について、ご自身のことばにととまることにある(ヨハネ8:31)と語っています。それは、イエス様の愛の中に生きる歩みをすることなのです(ヨハネ15:12)。それゆえ、私たちの罪の身代わりとなってくださった“十字架の愛”を受け取れているか否かが重要になってきます。しかし、聖霊の助けなくして“十字架の愛”を本当に味わい知ることはできません。ですから、聖霊が私たちの内で自由に働くことができるように、日々の罪の告白と悔い改めが大切になってくるのです。
そのとき、イエス様が「互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります(ヨハネ13:35)」と語られたことが、あなたの日々の歩みの中に現われ、人々がイエス様を知るようになるのです。
ところで、あなたは、キリストの愛の中に生きる歩みになっているでしょうか。
牧師 高橋勝義