今日のメッセージ 『神を畏れる心』 2025年5月25日

 牧師 高橋勝義

〔民数記14章1~25節〕

 全会衆は、偵察隊の悪い報告を聞き、泣き明かし、エジプトに帰ろうと言いだしました。モーセとアロンは、会衆の前でひれ伏し、民の反逆を自分たちの罪として祈りました。その時、ヌンの子ヨシュアとエフンネの子カレブは、主に背いてはならない、主がおられるのだからと進言しますが、全会衆はその二人を石で打ち殺そうとします。すると主は、不従順な民のためにひれ伏すモーセに「わたしは彼らを疫病で打ち、ゆずりの地を剝奪する。」と言われたのです。しかしモーセは、もし、主があなたの民を一人残らず殺すなら、『主はこの民を、彼らに誓った地に導き入れることができなかったので、荒野で殺したのだ』と主の御名が異邦の民に侮られてしまうと訴えました。そのとりなしを聞かれた主は民を赦し、「明日、向きを変えてここを旅立ち、葦の海の道を通って荒野へ行け」と命じたのです。

 聖書には「みな自分自身のことを求めていて、イエス・キリストのことを求めてはいません(ピリピ2:21)」とありますが、これが生まれながらの私たちの姿なのです。にもかかわらず、神は「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)」と語ります。あなたはかけがえのない存在なのです。それゆえ、イエス様は「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。(ヨハネ10:11)」と語られたとおり、私のすべての罪を身代わりに負い、罪の刑罰を受け十字架で死んでくださいました。このイエス様の愛が分からない私たちは、自分自身のことばかり求めるのです。主の愛を知る時、心から神を畏れるモーセのような歩み、信仰へと私たちも導かれていくのです。

 「愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。(Ⅰヨハネ4:8)」