今日のメッセージ 『キリストにある希望』 2024年3月31日

 牧師 高橋勝義

イースター礼拝

〔Ⅰコリント15章12~22節〕

 パウロの人生は、ダマスコ途上で、よみがえられたキリストに出会い、クリスチャンを迫害する者からキリストを宣べ伝える者に変えられました。彼は、キリストが死者の中からよみがえったこと、また救い主であることを力強く人々に語ったのです。ところがそこに死者の復活はないと言い出す者が出てきました。しかし、キリストがよみがえらなかったなら、自分たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなり、自分たちは神への偽証人になってしまう、とパウロは語ります。さらに、キリストに望みを抱いている自分たちは、すべての人の中で一番哀れな者となってしまうが、今やキリストが眠った者の初穂として、死者の中からよみがえられたゆえに、キリストを罪からの救い主として信じるすべての者は、キリストにあって死からいのちに移されている、と語ったのです。

 「死者がよみがえる」。これは、私たちの理性や常識、あるいは科学をもってしても受け入れがたいことですが、実はここにこそ、本当の希望があるのです。それゆえに、パウロは、よみがえられたキリストと出会った証人として、自分のいのちをも顧みず、人々に福音を宣べ伝えました。いのちの危険にさらされながらも、ひるむことなく、自分の人生のすべてを注ぎこんだのです。

 イエス様は、御自身のよみがえりを信じようとしないトマスに対して「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。(ヨハネ20:29)」と語りました。そして今、イエス様は「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。(ヨハネ11:25)」とあなたに語っておられます。