牧師 高橋勝義 |
〔レビ3章1~17節〕
人と人との関係が良好でなければ、自由で楽しい交わりはできません。ましてや、罪深い人間が聖なる神と交わるには、どうすればよいのでしょうか。
そこで神は罪の贖いのための交わりのいけにえを献げ、さらに主への食物のささげ物として、その脂肪を献げるように定められました。全焼のささげ物と同様に、ささげ物の頭に手を置き、会見の天幕の入り口で屠り、祭司であるアロンの子らがその血を祭壇の側面に振りかけます。そして、これをどこに住んでいても代々守るべき永遠の掟とされたのです。
ところで、人と人との交わりが、豊かになるためには何が必要でしょうか?
イエス様は、神殿の祭壇に交わりのささげ物を献げようとしている時、人に恨まれていることを思い出したなら、まず相手と仲直りをしてから交わりのささげ物を献げなさい、牢に投げ込まれてからでは間に合いません、あなたを訴える人と一刻も早く和解をしなさい、と勧めています(マタイ5:23~26)。交わりのささげ物をする時、つまり、私たちが神の前に出る時には、まず静まって、心の点検をするように促されたのです。
私たちにはイエス様の十字架のゆえに、動物による交わりのささげ物は必要ありません。イエス様が、御自身の十字架によって私たちを神と和解させてくださったからです(エペソ2:16)。そして、この神との和解が、人と人との交わりを豊かにするのです。イエス様の愛を知ることが(Ⅰヨハネ4:10)、自分の罪の赦しを知り、自らの心の点検になるのです。神との和解こそが、自分の罪深さを知り、私たちを謙遜な者へと導き(ピリピ2:3)、私たちの交わりを豊かにする鍵なのです。
あなたは、この鍵を握っておられますか。
牧師 高橋勝義