日時:2017年9月28日(木)
場所:渡波万石浦仮設集会所
参加者:20名
奉仕者:10名(仙台教会8名、石巻教会2名)
この日は、石巻支援には珍しく雨模様の天気となりました。
仙台を出発した私たちの車は、ETC泉インターが閉鎖されていた為遠回りをさせられ、石巻到着が、30分程遅れてしまいました。その間、仮設の集会所では、石巻在住の高橋先生御夫妻がテーブルセッティングを済ませ、来会予定者の送迎をして下さっていました。
仙台からの奉仕者が到着した時には、8名ほどの方がすでに談笑されていました。
(私は、家庭の事情で、このところ支援活動に思うように参加できずにいますが、万石浦仮設へは震災後、数多く通わせて頂きましたので、思い入れの残る場所です。見慣れたお顔があるとほっとします。)
復興住宅やご自宅、仮設等から20名の方が集って下さいました。
真知子先生の明るい笑顔での挨拶に始まり、明美先生指導で季節のお魚名を入れた歌を歌いながらの体操に続いて、「幸せなら手をたたこう・四季の歌・青い山脈」と馴染み深い曲を歌いながら、頭と身体を動かします。特に青い山脈は、皆さん青春時代に戻って、はつらつとした笑顔で、精一杯歌っておられました。メッセンジャー栗原先生も「古い上着をさようなら…」がとてもお気に召したようでした。
この日のお話は、石巻蛇田出身の人権弁護士布施辰治氏についてでした。
キリスト教精神に基づいて、明治から昭和にかけて、不当な搾取と虐待、差別問題に苦しむ人々の為に働いた方だそうです。特に、当時、朝鮮人と言われた人々の為に働き、韓国から建国勲章を受けたそうです。
石巻が、こういう人を生み出した事をあまりご存じなかった様子だった皆様は、故郷をさらに誇れる気持ちになれたのではないでしょうか。
嬉しいお話しの後は、お食事をしながらのお交わりです。
仮設支援が始まった頃、私たちに採れたてのワカメを分けて下さったり、手作りのブローチを下さったりした方と、お話しすることが出来ました。
松島の方で暮らしておられる息子さんに呼ばれ、地元を離れる決心をされたこの方は、仮設を出る時、住んでいた部屋の前に桜の苗木を植えて行かれたよそうです。
石巻に来る時は、子どもが小さい時から家族ぐるみでお付き合いをしていた方が送迎をして下さるそうで、週に何回か万石浦仮設の集会所を訪ねては、仲間と話す時を大切にしておられます。新しい土地で友人を作るのは、難しいそうです。
万石浦仮設に入っておられる方は、もう少なくなっています。
けれど集会所は、いつでも使えて、気がねなく行ける場所として、散り散りになった方々の大切な場所になっている様です。
いつか、この場所が名無くなってしまったら、どんなに寂しいでしょう。
イベントがあると沢山の方々が集まって下さる石巻教会です。
これからは、毎週の礼拝やお茶っこ会等を利用して、親交を繁く場として下さってもいいと思います。
礼拝は、少し慣れないかとも思いますが、高橋先生が普段と違う背広に着替え、やさしく話す様子や心を込めて奏楽されている明美先生の様子は、とても暖かく礼拝堂の中にいるだけでほっとできるのではないかと思います。
震災という苦しみを共に過ごして来た友人との絆を、これらも石巻教会を中心に繁いで頂ければと願います。また、これから都会に出て行くかもしれない若い方々に、本当のキリスト教をお伝えする必要も感じています。
キリストさんと呼び、キリスト教を良きものと思って下さっているだろう石巻のこども達が、おかしなカルト集団の巧な誘いに捕まることのない様に、若い方々にお伝えしていく術はないものでしょうか。お祈り下さい。
牛久洋子