今日は石巻の三箇所の教会に出向きました。最初の二つは教会員のご友人を通して物資不足とのリクエストがあった、日本基督教団・石巻栄光教会(石巻市大街道北)と、同・山城町教会(石巻市泉町)です。栄光教会には幼稚園が併設され、この日から園児の受け入れを再開したとのことでした。園庭ではスタッフが泥の除去を続けていました。幸い浸水は床下で留まった、ということでした。すでにまとまった量の物資がありましたが、食料品を中心に放出しました。近隣の若いお母さん達が話を聞きつけたのでしょうか、早速物資を受け取りに来ていました。その後向かった山城町教会は大正12年竣工と、大変歴史のある教会のようでした。会堂には所狭しと物資が並んでおり、ご婦人方が仕分けをしていました。近隣の方々に配布している最中とのことで、本当に良いタイミングでした。ここで、トラック一台とワゴン一台分に残った物資を全て放出した所、大変喜んで頂けました。ここから、別働隊が活動している兄弟団・石巻キリスト教会に向かう道は、標高が低いせいか浸水が激しく、本当にひどいものでした。教会に到着すると、水に浸かった膨大な家財が教会前に所狭しと並んでおり、EFCボランティアチームがせっせと泥除去にあたっていました。ここで、牧師チームは教会の兄弟姉妹とともに、女川町に向かうことになりました。今回の津波でも最大級の波(18メートル以上)が来たと言われている地です。女川は狭い湾の背後の僅かの土地に全てが集中している地形であったため、すさまじい大破壊がありました。コンクリートの建物ビスケットのように砕けていたり、土台が支柱ごと根こぎにされてひっくり返っていました。「跡形もない」とはこのことだ、という状況でした。教会員のG兄は女川出身で、三十年前の三陸大津波の経験者でしたが、「こっだら波、見たことね」と声を震わせながら故郷の変わり果てた姿を説明して下さいました。その姿が、本当に痛ましくて心が痛みました。住み慣れた町が壊滅するという経験は、いったいどんなものなのでしょう。私には想像も出来ないことでした。