牧師 高橋勝義 |
〔民数記1章47~54節〕
神は、レビ人を除いて戦に出ることができるイスラエルの20歳以上の男子の登録を命じられ、その総数は603,550人でした。では、神はなぜレビ人だけを登録されなかったのでしょうか。それは、レビ人に神の幕屋とそのすべての用具を管理させるためでした。彼らには、幕屋とそのすべての用具を運び、これに仕え、幕屋の周りに宿営して、これらを守る使命があるからでした。この務めは、レビ人にのみ与えられたものであり、レビ人以外の者でこの働きに近づく者は殺されなければならないとまで神は厳しく戒めています。
パウロは、「この方(イエス・キリスト)によって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。御名のために、すべての異邦人の中に信仰の従順をもたらすためです。(ローマ1:5)」と語りました。パウロは、自分はイスラエル人だけではなく、世界中の人々がキリストを信じて救われるために召された者であると自覚していたからです。それは、神がアナニアを通して「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。(使徒9:15)」と語っていたからです。
この使命は、特別にパウロに与えられたものではありますが、私たち一人ひとりにもキリストのからだの一部分(Ⅰコリント12:27)として、キリストのからだなる教会を建て上げるために、賜物を分け与えてくださっています(Ⅰコリント12:11)。ですから、宣教の働きに用いていただくために、自分に与えている賜物を知ることはとても重要です。
神は「それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい(Ⅰペテロ4:10)」と勧めています。