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〔出エジプト25:10~30〕
神はモーセに、さとしの板(十戒)を入れる箱を作るように、次のように命じました。「わたしが与えるさとしの板を納める箱をアカシヤ材で、長さ二キュビト半(約1.11m)、幅をキュビト半、高さを一キュビト半(約67cm)とする。この箱を担いで運ぶための棒もアカシヤ材で作り、それを箱の両側の環に通す。その棒は箱の環に差し込んだままで、外さず、棒には金をかぶせる。また、純金で『宥めの蓋』を作り、その一部として、ケルビムをその両端に作る。ケルビムは両翼を上の方に広げ、その翼で『宥めの蓋』をおおうようにする。」
私たちがさとしの板(十戒)の教えを守ろうとするなら、自の罪深さに落胆するばかりです。神が契約の箱を「宥めの蓋」で覆ったのは、罪ある者が安易にさとしの板に触れてはならないことを教え、さらに罪を贖うためには宥めが必要であることを教えるためでした。
イエス・キリストがすべての人々の罪のための宥めのささげ物となられた(Ⅰヨハネ2:2)ゆえに、今、私たちは神と和解ができ(エペソ2:16)、神と自由に交わる恵みをいただいているのです。さらに神は私たちに、ご自身のみことばが記されている聖書を備えてくださいました。それは私たちがみことばによって励まされ、神の子どもとしての歩みを知るためです。
それゆえ、使徒パウロは「今私は、あなたがたを神とその恵みのみことばにゆだねます。みことばは、あなたがたを成長させ、聖なるものとされたすべての人々とともに、あなたがたに御国を受け継がせることができるのです。(使徒20:32)」と語っています。
聖書は私たちの霊的なご飯です。毎日食事をするように、聖書を読むことが私たちの魂を養うカギなのです。神のみことばから、日々新たな力をいただいて歩んでいきましょう。