牧師コラム 『神はずっと私の羊飼い』 2021年11月7日

牧師 高橋勝義

ヤコブは、ヨセフの子エフライムとマナセをルベンやシメオンと同じように自分の子にすることをヨセフに告げます。それはヨセフの二人の子を神の約束の民に加えるためでした。その場に二人がいることに気づいたヤコブは、「私のところに連れて来なさい。彼らを祝福しよう」と言います。ヨセフは長子エフライムを父イスラエルの右手側に、左手側に弟マナセを近寄らせますが、父イスラエルは手を交差させます。ヨセフは父の間違いを直そうとするのですが、父は「分かっている。わが子よ。私には分かっている。彼もまた、一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし、弟は彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるほどになるであろう。」と拒みます。(創世記48:19,20)

147年の波乱の生涯を終えようとしているヤコブは、自分の人生を振り返り「神はずっと私の羊飼いであられた」と告白します。後にイスラエルの王となったダビデも「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。(詩篇23:1)」。さらに「まことに私のいのちの日の限りいつくしみと恵みが私を追って来るでしょう。私はいつまでも主の家に住まいます。(詩篇23:6)」と告白し語っています。ヤコブもダビデも羊飼いでしたから、羊について熟知していました。羊を自分にたとえるのは、羊飼いである神が共にいなければ、生きていくことが出来ない弱い自分だと自覚していたからでした。

イエス・キリストは、「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。(ヨハネ10:11)」と語られた通り、ご自身のいのちをあなたのためにささげたのです。十字架はあなたへの愛の現れです。今日もあなたの心の扉を叩き続けているキリストをあなたの牧者としてお迎えし、キリストと共に歩む人生に踏み出しましょう。