牧師 高橋勝義 |
兄エサウがセイルに出て行った後もヤコブは父の寄留の地、カナンの地に住み続けます。ヤコブは神の祝福を受け継いだとはいえ、その家族は4人の妻のもとに生まれた12人の子どもたちで構成された複雑な家族でした。とくにヤコブは年老いて生まれた、最愛の妻ラケルの第一子ヨセフを、溺愛していました。そのため「兄たちは、彼を憎み、穏やかに話すことができなかった(創世記37:4)」ほどです。
しかしヨセフは、穏やかに話すことさえできない家族の雰囲気を推しはかることもなく、自分が見た夢を兄たちに話します。その夢は兄たちが自分を伏し拝むという内容で、これを聞いた兄たちは「おまえが私たちを治める王になるというのか。私たちを支配するというのか。」と、ますます彼を憎むようになったのです。(創世記37:8) さらには「太陽と月と十一の星が私を伏し拝む」という二度目の夢までも話すヨセフを父ヤコブは叱りますが、このことを心にとどめたのです。それは、かつてベテルの地で神が夢に現れ、ご自身のみこころを示してくださったからでした。
「全能の神」は、あらゆる方法を用いて、ご自身のみこころを人に示してくださいますが、今の時代は、すべての人に分かるように、神のみことばである「聖書」に明らかにされておられます。その愛の神のみこころとは「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに世(すべての人々)を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)」にります。
イエス・キリストの十字架にこそ、神のみこころが現わされているのです。