牧師コラム 『神は生きておられる』  2016年5月15日

IMG_8506 高橋 勝義 伝道師

「礼拝」という言葉は、仏教とキリスト教では読み方も内容も全く違います。
仏教では、「らいはい」と読み、慎みと敬う心をもって合掌、頭を低く下げ、
仏・菩薩などを拝みます。
キリスト教は、「れいはい」と読み、神様を心から賛美し、神様の恵みに感謝します。

神社や寺院に祭られているものは、人間の手で作られたものです。
それらは、見ることも、聞くことも、食べることも、においをかぐことも出来ません。
ましてや、私たち人間に関心を寄せるはずがありません。
それなのに、人間は、人が作ったものであることを知りつつも、有り難く思い拝みます。

キリスト教は、どうでしょうか。神様を礼拝するのは、
神が生きておられるお方であり、私たちを創造されたお方だからです。
私たちを愛するが故に、私たちのすべての罪を十字架でイエス・キリストに負わせ、
救いの道を備えてくださったからです。
それゆえ、クリスチャンは、神様を心から賛美し、その恵みに感謝をささげるのです。